『シリア紛争と民兵』
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『シリア紛争と民兵』髙岡豊著
[レビュアー] 小泉悠(安全保障研究者・東京大准教授)
同盟や敵対 ときほぐす
13年前にシリアでの紛争が始まった時、とにかく戸惑った。誰と誰が戦っているやら、よくわからないのである。アサド政権を様々な非国家主体が脅かしているらしいとはわかる。だが、彼らの間にも同盟から敵対まで幅広い関係性があるらしく、しかもそれは結構簡単に変わっていく。イラン、トルコ、カタールといった中東域内諸国による後援のあり方も複雑で、いずれにしても門外漢には非常にわかりにくい紛争であった。
このように複雑怪奇とも言えるまでに入り組んだ関係性を、丁寧にときほぐしてくれるのが本書である。紛争の主要アクターであるアサド政権や「イスラム国」、その他のイスラム過激派組織、クルド人組織などに焦点を当て、彼らが紛争の中で何をし、どのような関係を結んだのかが説明されていく。そのあまりのこんがらがり方ゆえに、諸勢力の関係性がスッキリ頭に入るとまでは言えないのだが、人跡未踏のジャングルに獣道程度はつけられた気がする。
また、本書では、「イスラム国」その他のイスラム過激派が占領地をどのように統治したのかについても詳しく検証している。彼らは戦闘組織であるだけではなく、行政機関でもあった。というよりも、行政能力を持っていることが支配の正当性を主張する根拠だったのであり、この点で「イスラム国」の領域支配は特別のものではなかったのだという主張は興味深い。
だが、そうであるがゆえに、敵対勢力の行政能力は破壊されねばならない。これがアサド政権による大型即席爆弾(いわゆる樽(たる)爆弾)攻撃の論理であったというのだが、これは西欧諸国で生まれた戦略爆撃の思想そのものである。「中東っていうのはわからない世界だな」と思っていたら、近代世界が産んだ残虐性のレプリカみたいなものをいきなり突きつけられた、というところであろうか。この突き放したような姿勢も、本書の特色の一つである。(晃洋書房、3520円)