『ソクラテスからSNS 「言論の自由」全史』ヤコブ・ムシャンガマ著

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ソクラテスからSNS

『ソクラテスからSNS』

著者
ヤコブ・ムシャンガマ [著]/夏目 大 [訳]
出版社
早川書房
ジャンル
歴史・地理/歴史総記
ISBN
9784152103154
発売日
2024/03/21
価格
5,390円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『ソクラテスからSNS 「言論の自由」全史』ヤコブ・ムシャンガマ著

[レビュアー] 東畑開人(臨床心理士)

自由なお喋り後退に警鐘

 今、読んでよかった本だった。というのも、私たちの社会が明日にでも、言論の自由をやすやすと手放しかねないことを教えてくれたからだ。こうした新聞の書評だって、いつまで自由に書けるかわからない。なんて書くと「何をおおげさなこと言ってるんだ」と思われるかもしれないが、この本を読めば、他者の言葉を恐れ、検閲したいと欲望する現代世界のヘンリー八世たちを、誰しもが思い浮かべるはずだ。

 本書が描くのは、自由なお喋(しゃべ)りの歴史である。ソクラテスからSNSまで、誰かが自由に喋る。すると、「実際そうじゃん、おかしいよ」と思う人が出てくる。それが野火のように広がると、既存の権力体制が壊れて、新しい権力体制ができる。剣や鉄砲に比べると、言葉はまったくの無力のように見えるかもしれないが、実際にはミサイルよりも強力な武器なのだ。

 したがって、権力は常に言葉を恐れる。かつて権力を批判して権力を得た人たちですら、痛いところを突かれ、汚いところを暴露されたくなくて、自由なお喋りを禁じる。実際にソクラテスは処刑され、数多(あまた)の本が焼かれてきた。今ならばSNSのアカウントが停止される。それでも、言論の自由は生き延び、最終的には勝利した。なんでも喋れる世界がやってきた、はずだった。

 本書が啓発的なのは、現在言論の自由がピークを越えて、後退するフェイズに入っていると警鐘を鳴らしていることだ。世界中のあらゆるところで、自由なお喋りを禁じる動きが進んでいるのである。

 言葉はハンマーに似ている。家を作るのにも使えるし、壊すのにも使える。ムカつくやつの頭蓋骨をかち割ることもできるし、窓を割って車内に閉じ込められた赤ちゃんを救うこともできる。権利擁護もできれば、誹謗(ひぼう)中傷もできるのだ。

 無限に増殖するこのハンマーを、私たち自身がすっかり持て余している。「それでも……」と自由にお喋りを続けるためのヒントがこの本にはある。夏目大訳。(早川書房、5390円)

読売新聞
2024年6月14日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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