『海外に送り出した社員の命をどう守る? 在るべき企業の海外危機管理』有坂錬成著

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『海外に送り出した社員の命をどう守る? 在るべき企業の海外危機管理』有坂有坂錬成成著

[レビュアー] 宮部みゆき(作家)

「安全」積み上げ「安心」

 二〇二三年十月一日現在の調査によると、海外で暮らしている日本人は約百二十九万人。その約三割が企業の海外駐在員とその家族だという。この数字が多いのか意外に少ないのかわからない私でも、仕事で海外に赴任する――異文化のなかで働き生活することの大変さは容易に想像できる。好みの土地に行けるわけではないし、行き先が治安や医療環境に不安がある地域の場合もある。宗教の規範にセンシティブにならなければならない地域もいろいろ難しそうだ。そして、どんなに注意していても、自然災害や武力行使を伴う政変、テロ、感染症パンデミックなどに巻き込まれる危険はゼロにならない。

 本書の著者は、社員たちを送り出す企業の側の海外危機管理体制構築のコンサルティングを行う専門家だ。「海外派遣者の命を守る」責務を果たし、「安全の先にある安心」を特に意識してきたという。安全と安心は違うというのは、よく防災や体感治安の問題でも言われることだが、著者は「安全」とは具体的な対策を日々積み上げてゆくことを意味しており、「安心」とは安全対策を幾重にも積み重ねた先にある心を示しているという。

 そんな著者からお叱(しか)りを受けそうではあるが、一読して思った。既に海外危機管理体制があり、これまでの経験値もあり、困ったら著者のようなプロと契約すればいい大企業よりも、むしろ「うちは海外赴任なんかないし、危機管理部門? そんな大げさな」と思ってしまうところの人事や労務担当の方々にこそ本書をお勧めしたい。著者が教えてくれる基本的な知識は、対海外に限らず、「社員を守る」あらゆる局面で役立つはずだ。また、第4章「海外派遣者自身が取るべき安全対策」に列記されているシミュレーションは、一般の海外旅行者にも参考になるだろう。銃乱射や爆弾テロに遭遇したらどう行動するのがベストか、恐ろしい「万が一」に備えて知っておきたい。(ディスカヴァービジネスパブリッシング、1540円)

読売新聞
2024年6月14日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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