『白い巨塔 5』
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真実を教えてくれ、僕は医者だ、しかも癌専門医だ――
[レビュアー] 梯久美子(ノンフィクション作家)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「名医」です
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1960年代にベストセラーとなり、繰り返し映像化された山崎豊子『白い巨塔』。国立大学附属病院の助教授を務める主人公の財前五郎は食道・胃の吻合手術を得意とする名医として知られている。熾烈な教授選をへて教授となるが、自分を過信するあまり担当する癌患者の転移を見過ごし、遺族から訴訟を起こされる。
外部からはうかがい知れない大学病院内の権力闘争と、そこで露わになる人間の欲望のドラマはいま読んでもすこぶる面白く、直近では2019年にドラマ化されている。
消化器癌の手術に絶対の自信を持つ財前は、自分自身も胃癌に倒れる。この小説には教授選や医療裁判などいくつかの山場があるが、最後の読みどころは、みずからが教授を務める病院で、胃潰瘍と偽られたまま死んでいく財前の姿である。
当時、本人に癌を告知することは稀だった。病院側は偽のカルテや第三者の切除胃の標本まで用意して財前をあざむく。疑念をぬぐえず煩悶する財前は、大学の同期で、これまで対立してきた内科医の里見を呼び出して懇願する。
「真実を教えてくれ、僕は医者だ、しかも癌専門医だ―、その僕が自分の症状の真実を知らずにいるのは、あまりに残酷だ!」
嘘をつくにしのびず、沈黙をもって答えとする里見。ほどなく財前は死去する。
納得のいかない死を迎える財前の姿に、自分の体に何が起きているのかを知る権利の重要さを、改めて思い知らされる。