隣国が嫌い、昔の自国がブーム、実は英米が好き…「イラン」のリアルを現地在住の著者が描き出す!

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イランの地下世界

『イランの地下世界』

著者
若宮 總 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784040824765
発売日
2024/05/10
価格
1,056円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

イランを読む ニッポンが見える

[レビュアー] 林操(コラムニスト)

 なによりまず『イランの地下世界』、ただごとではない書です。リアルに描かれるのは、宗教国家の戒律規律の網をくぐり世俗社会の自由自律を追い求める国民が少数派でないという現実。その対象は、あの『悪魔の詩』事件のイラン。

 スカーフを厭い酒を呑み婚前交渉は辞さず棄教にさえ踏み出す。そういう「イスラム疲れ」した大衆の実像は、政教一致の独裁政権にとっては核開発の実態以上の国家機密かもしれず、若宮總なる筆名に書き手が隠れるのもムベなるかな。

 とはいえ著者はイランを糾弾・否定してるわけじゃない。外交官でも研究者でも活動家でもなく、10代から憧れた末に移り住み、長く働き暮らす異国を愛する者として、優しく厳しく、熱く冷徹に、笑顔と真顔で、イランとイラン人を語り、そこにニッポンとニッポン人の像までを重ねる。

 ゆえにこの書、そもそもは読んで楽しめる海外見聞録であり、読んで身につまされるニッポン論であって、読中感からしてよく似てるのは『ガリヴァー旅行記』。スウィフトは巨人や小人、馬や天空の国を夢想して英国を風刺したし、若宮はかの国を活写してこの国のことを考えさせる。

 人は優しいが社会は冷たい、出世の鍵はコネと追従、政権は宗教臭くて無能、経済政策は失敗続き、今じゃなく昔の自国がブーム、隣国が嫌い、酷い目に遭ってきたのに米英が好き―イランのようなニッポンについても誰か、愛を込めて正しく嘆いてくれませんかね。

新潮社 週刊新潮
2024年6月20日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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