「やってきた人」と「出ていった人」の大阪 そして名作の中のザ・大阪

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「やってきた人」と「出ていった人」の大阪 そして名作の中のザ・大阪

[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)

 1987年に大学進学のために大阪にやってきて、以来住み続けている岸政彦。大阪で生まれ育ち、働き、2005年から東京で生活するようになった柴崎友香『大阪』はこの「やってきた人」と「出ていった人」による共著だ。

 街というものが為政者や金持ちが利用する道具なんかではなく、どうにかこうにか毎日を生きている生活者のための大切な居場所であることを、2人の異なる個性の書き手がさまざまな切り口と語り口で描いて見事な随筆集。後世に残すべき1冊だと断言します。

〈何十年も前の人が将来を見越して作った道路と地下鉄と駅。その「将来」を、わたしは生きているのだと思うと、ますます、自分はこの街によって育てられている気がした〉と実感し、〈ここを歩いているわたしと、いつかここを歩いていた誰かが、会うことはないけれど、確かに同じ場所にいる、その感覚を〉小説に書きたいと思ったと、この『大阪』の中に記している柴崎さんの思いを結実させた小説が、『その街の今は』(新潮文庫)だ。

 勤めていた会社が倒産し、カフェでバイトをしている28歳の歌ちゃんが主人公。主な舞台は大阪ミナミの心斎橋、アメリカ村あたりから、宗右衛門町、道頓堀界隈。実在のランドマークや地名が出てくるわ、カメラ・アイで細密に描写されるそうした大阪の街が魅力的だわ、大阪弁の会話が心地いいわ、大阪の古い写真を集めている歌ちゃんが今の街と比べる視点が鮮やかだわで、織田作之助賞を受賞したのもむべなるかなのザ・大阪小説なのだ。

 名作から1作選ぶのなら谷崎潤一郎『細雪』(新潮文庫)。1936年から41年春にかけての大阪船場の旧家・蒔岡家四姉妹の動向を、主に次女・幸子の視点を借りて描いた超傑作。当時の上方ブルジョワ家庭の生活を、芸能や美食、着物をはじめとする女性文化、四季折々の風物を織りまぜながら、センテンスの長いたおやかな文体で綴っている風俗小説にして見合い小説にして下痢小説(笑)という読みどころ満載の大阪小説。未読の方は是非!

新潮社 週刊新潮
2024年6月20日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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