怪談文芸の最終兵器! 笑いと暴力と恐怖と下ネタが未整理のままぶちこまれた、初期衝動の産物。――『致死率十割怪談』レビュー【評者:朝宮運河】

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致死率十割怪談

『致死率十割怪談』

著者
春海水亭 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041147924
発売日
2024/03/26
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

怪談文芸の最終兵器! 笑いと暴力と恐怖と下ネタが未整理のままぶちこまれた、初期衝動の産物。――『致死率十割怪談』レビュー【評者:朝宮運河】

[レビュアー] カドブン

■はてなインターネット文学賞カクヨム賞、カクヨム「ご当地怪談」読者人気賞受賞作!
春海水亭『致死率十割怪談』

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

怪談文芸の最終兵器! 笑いと暴力と恐怖と下ネタが未整理のままぶちこまれた、...
怪談文芸の最終兵器! 笑いと暴力と恐怖と下ネタが未整理のままぶちこまれた、…

■初期衝動の詰まった怪談文芸の最終兵器

評者:朝宮運河(書評家)

 な、何だこれは! 自分は何を読んでいるのだ? そう思わされること必至の小説である。いや、決してつまらないわけではない。むしろ面白いのだが、だからこそ余計に戸惑ってしまうのだ。これは一体何なんだ……。

 作者の春海水亭は小説投稿サイト・カクヨムで活躍している書き手で、この『致死率十割怪談』が初の書籍化となる。はてなインターネット文学賞カクヨム賞を受賞した「尺八様」、カクヨム「ご当地怪談」読者人気賞に輝いた「キリコを持って墓参りに」などをはじめとするカクヨムに発表された短編に、書き下ろし4編(うち1編は長めの「あとがき」)を加えたものだ。

 と、基本事項をおさらいしたところで作品の内容に触れるが、まず声を大にして言っておきたいのは「マジな怪談を期待する子は近づいちゃいけないぞ」ということである。「致死率十割」とか「尺八様」とかいった危険球気味のワードセンス、そして単行本の帯に書かれた「読者を笑わせ、震わせる。」というコピーが暗示しているとおり、この本は読者を恐怖させることを主目的とした一般の怪談とは、大きく異なっている。では何なのかというとそれがなかなかに難しいのだが、ネットミームとして多くの読者に共有されているホラー・怪談ネタ(主に洒落怖由来のもの)を使ったギャグ小説兼バトルもの、ということになろうか。

 たとえばカクヨム掲載時、〈致死率十割神社〉というパワーワードがXのトレンド入りした「八尺様がくねくねをヌンチャク代わりにして襲ってきたぞ!」はこんな話である。タイトルから内容がおおよそ推測できるだろうが、念のため紹介する。6年前の夏休み、当時10歳だった主人公は兄と一緒に、父方の祖父ちゃんが暮らす田舎に遊びに行く。祖父ちゃんは「致死率十割神社だけは絶対行くなよ」と孫たちに警告するのだった。その神社には八尺様とくねくねという妖怪がいるという。

 となると禁を破って出かけてしまうのが、この手の怪談のお約束。主人公は兄の後を追い、致死率十割神社へと足を向けるが、そこは異様なネーミングを裏切らないとんでもない神社だった。鳥居の貫(横長の棒の部分)が高速でギロチンのように上下しており、立ち入るものを拒んでいるのだ。一足先にトラップを通過した兄だったが、見てはいけないくねくねの姿を直視してしまい、頭が爆発する。

 あらためて要約していても「どうかしてるよ!」と言いたくなるような話だが、これでまだまだ序盤。その後、危機感を抱いた祖父により寺に預けられた主人公は、次々と妖怪の襲撃を受けるのであった。そこから先はにわかにバトルものの様相を呈し、クライマックスにはA級妖怪・八尺様と、修行で強くなった主人公との死闘がくり広げられる。しかもこのバトルシーンがキレキレで意外に格好良かったりするので、いよいよ混乱する。どうかしてるよ!

 お読みいただくと分かるとおり、物語のベースには有名なネット怪談があり(猿夢、渦人形、姦姦蛇螺、コトリバコなども出てくる)、それをパロディにすることで笑いを生み出すというのが、春海水亭の作風だ。ひどいこと考えるなあ、ほんとにくだらないなあと呆れつつ、破壊的なギャグについ吹き出してしまう。そういう小説なのである。言うまでもなく、くだらないといっても貶しているのではない。くだらなくて笑えることを考えるのは、実は相当にセンスが問われるのだ。作者の頭にはその方面のアイデアが無限に湧いてくるらしく、どのページにも脱力するほどくだらないギャグが最低二、三は埋まっている。

 他の収録作も大体同じようなノリで、「八尺様のビジネスホテル」はぽーっぽっぽっぽと哄笑する暴力妖怪ヒロイン・八尺様の旅先での死闘を描くスピンオフ。「尺八様」は怪談文芸史上最高にくだらないエロパロディ(内容はタイトルから思い浮かんだとおりです)、「身長が八尺ぐらいある幽霊が俺にビンタしてきて辛い!」はタイトルとおり巨体の幽霊がひたすら主人公を殴り続ける。書籍化を狙うネット作家と編集者の血で血を洗うバトルを描く「書籍化必勝法」ではくだらなさとアクションシーンへのこだわりがピークに達しており、妙な感動すら覚えてしまう。

 そんなわけでとにかくホラーのお約束を茶化しまくった作品集なのだが、じゃあまったく怖い要素がないのかといえば、これが意外に多いのである。金沢の風習を扱った「キリコを持って墓参りに」、家に居座るものの恐怖を扱った「お昼におばけを退治する」は端正なホラー短編だし、童貞青年が不能の理由を語る「一人心中」は切ない恋愛奇譚だ。「ホラーのオチだけ置いていく」は、その名のとおりホラーの結末部分だけをいくつも列挙した企画モノだが、各ネタはなかなかに怖く、怪談愛好者の心をくすぐってくる。

 この作者は人を怖がらせたいのか、それとも笑わせたいのか。おそらくその両方なのだろう。笑いと暴力と恐怖と下ネタが未整理のままぶちこまれた、初期衝動の産物。『致死率十割怪談』とは、そういう本なのだと思う。全体的なバランスを少々欠くかわり、とにかくやたらと疾走感と勢いがあり、ついついページを捲ってしまう。その根底には明らかにホラー的なものへの志向がある。

 ネット的なノリといえばそうだろう。くねくねをヌンチャクにしたり、小説投稿サイトのランキングを上げるために他の作家を襲ったりというアイデアは、SNSでシェアして盛り上がるのにぴったりだ。しかしこの混沌の中に、きらりと光る物語の原石があるのもまた事実なのだ。もしかすると春海水亭はいつの日か、まとまった長さの小説を書いて、私たちを楽しませてくれるのではないか。思えば春海水亭のはるかな先駆者ともいえる超自然的怪異×バイオレンスの巨匠・菊地秀行にしても、クトゥルー神話の邪神を料理してしまうという、とんでもない着想の長編(『妖神グルメ』)を初期に書いていたではないか。読者に「どうかしてるよ!」と言わしめる非凡な発想力が、ますます開花することを期待せずにはいられない。

 依頼された枚数よりだいぶ超過してしまったのでそろそろまとめるが、そんなわけで最近、小説を読んで「何なんだこれは!」と叫んでいない人は必読。一度も叫んだことがない人もまた必読である。ホラー史的にはネタとして消費され、新たな作品を生み出すターンに突入した、ネット怪談カルチャーの成熟を示す一冊、という見方もできるだろう。あえて難点を上げるなら、読了後しばらくは「ぽーっぽっぽっぽ!」という八尺様の笑い方や口調がうつってしまうこと。これには本当に困らされている。

KADOKAWA カドブン
2024年05月31日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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