これが平野レミ流「えのき料理」だ! 夫を亡くしたレミさんが取り組む“大胆すぎる一人メシ”

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平野レミの自炊ごはん

『平野レミの自炊ごはん』

著者
平野 レミ [著]
出版社
ダイヤモンド社
ジャンル
芸術・生活/家事
ISBN
9784478119167
発売日
2024/03/28
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

こんな料理家は見たことがない!平野レミのレシピが愛される本当の理由

[レビュアー] 阿古真理(生活史研究家)

大胆な発想で、時代を先取り

 よく知られているように、平野は有名人一家に所属している。父はフランス文学者の平野威馬雄で、自伝的な児童文学『レミは生きている』(ちくま文庫)の著書でも知られる。長男の和田唱はトライセラトップスで活動、その妻は俳優の上野樹里。次男の妻は料理家の和田明日香。そして夫は、イラストレーターの和田誠。2019年にその夫を亡くした平野は一人暮らしになり、日々の料理から生まれたのが、1人分の食事をおいしく楽しくするレシピ本というわけである。

 テレビ的な驚きを期待する向きには、石突きを切り落とすだけでフライパンで丸ごと焼く「えのきだけ根」、これもエノキを使うが、豚ひき肉、エノキ、タマネギにオイスターソースなどの調味料を加えて丸め、上からシュウマイの皮をかぶせて電子レンジにかけるだけの、「エノキの逆さまチン焼売」などがある。平野の十八番である、ダジャレ的な料理名と大胆な時短術は健在だ。

 時短レシピは平野デビュー時の1980~1990年代に続いて、2010年代半ば以降も大流行し、大勢の料理家が時短のアイデアを披露してきた。料理家同士が切磋琢磨してきた結果、この40年で時短技術は驚くほど進化している。その中でも今や先人の1人になった(もちろん、平野の前にも時短の先駆者はいる)平野は、大御所らしく新しい技を披露している。

 今や自炊術としても定番になりつつある、麺類をソースまたは汁と一緒に加熱するレシピがある。通常パスタ料理は、パスタだけをゆでておき、最後にソースが入ったフライパンに火をつけ、パスタを加えて絡める。その結果、パスタは適度に表面が固まる。しかし、ひと鍋で調理を完結させる時短レシピでは、パスタを半分に折ってソースに入れ、フライパンで煮る。すると、パスタの表面を焼き固めることなく水分を吸わせるのでモチモチした食感になり、別物の味わいになる。それが好きかどうかは評価が分かれそうだが、私が知る限り、そうしたレシピにはあまり、パスタの食感が通常と違うことが記されていない。

 平野は同書で、あえてその食感を強調し「すいとりパスタ」と命名している。しかも「すいとりパスタは、本当に便利なのよ!」と見出しをつける。水分を吸ったパスタについて「ほどよくもちもち感が出るから、びっくりのおいしさよ」と説明している。「いつものパスタ」を期待して作った人は、違和感を覚えるかもしれないが、こうした説明を読んでワンパンレシピで作った人は、新しいおいしさを発見するかもしれない。

 パスタをひと鍋で作る、冷凍うどんを丼に入れて電子レンジにかける、といったレシピはあるが、そうめんのひと鍋料理はそういえば見たことがなかった。平野は、そうめんもひと鍋で作るレシピを提案する。そして通常のそうめんと異なる仕上がりを、やはり「そうめんは別ゆでしないのでとろみもついて一石二鳥」と、きちんと見出しで解説している。紹介されるレシピは「そうめん酸辣湯」「そうめん担々麺」のアレンジ料理である。

進化し続ける平野レミ


「みかん入りカルパッチョ」(『平野レミの自炊ごはん』より)

 電子レンジレシピでもう一つ驚いたのは、キッチンペーパーを活用した「失敗しない煮魚」だ。煮魚の調理法は通常、汁に漬けて煮るだけだが、魚の身が硬くなり過ぎるなど、繊細な魚介類ならではの扱いの難しさがある。また、電子レンジ料理も、煮詰まり方が十分でなく味がぼやける、といった問題がよく指摘される。家庭の電子レンジにはそれぞれクセがあり、コンロで火加減を目で見ながら料理する際に比べて調整が難しい。

 平野はなんと、調味料をキッチンペーパーに吸わせキンメダイにかぶせてからラップをかけ、電子レンジで調理する方法をすすめる。

 平野に、食べ手としても単に経験が多いだけでない豊かさがあることをうかがわせるのは、煮る、焼く以外も含めた魚料理のレシピを紹介するページで、その筆頭に選ばれたのが「みかん入りカルパッチョ」という点だ。近年、ちょっとおしゃれな洋風居酒屋やバル、ビストロの類で果物を加えた料理はよく出されるが、そういう店に行ったことがない、あるいは家庭で食べようとは思ったことがない人にも、新たな提案として加えている。使われる食材は、刺身、水菜、三つ葉、ミカンで、味付けはオリーブオイル・ポン酢・ゆずこしょうを合わせたソース(ドレッシング)である。“わさびじょうゆじゃない、新しい食べ方。”と説明している。果物入りサラダは未経験でも、カルパッチョなら食べたことがある人は多いのではないか。これが作れるようになれば、ワンパターンになりがちな魚料理のレパートリーがぐんと広がる。

 平野はまた、「残った刺身」の活用法も提案する。これは一人暮らしでなくても、刺身を買ったがその日に食べ損ねた人、食卓で余ってしまったときなどに役に立ちそうだ。それが「ホタテ揚げ」。ここではホタテの貝柱を活用しているが、「残ったお刺身ならなんでもヘーキよ」とある通り、刺身に片栗粉をまぶしてワンタンの皮に包み、揚げるだけ。ケチャップとタバスコを合わせたソースにつけて食べる。食材を無駄にしないで済むだけでなく、新しいおいしさに出合える。ホタテは、食感と見た目が似ているエリンギの軸の輪切りと合わせ、フライパンで炒めた「ホタテどっち」というレシピにも紹介されている。漠然と食べている人に、このアイデアは出てこない。

 さまざまなアイデアを駆使したレシピ群を見ていくと、平野の大胆なアイデアはそもそも料理が上手で経験が豊富、そして食べ手としても経験が豊富で好奇心旺盛に楽しんで食べてきたことから来ているのがよくわかる。そして、最後まで読んで欲しいのだが、あとがきに大切なことが書いてある。それは、料理する人、食べる人、皆に届けたい平野の愛である。

ダイヤモンド社
2024年4月18日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

ダイヤモンド社

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