今月のおすすめ文庫「グルメ小説」 長月天音が語る、ごはんと小説のおいしい関係

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キッチン常夜灯 真夜中のクロックムッシュ

『キッチン常夜灯 真夜中のクロックムッシュ』

著者
長月 天音 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041150153
発売日
2024/05/24
価格
836円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

今月のおすすめ文庫「グルメ小説」 長月天音が語る、ごはんと小説のおいしい関係

[文] カドブン

取材・選・文:皆川ちか

毎号さまざまなテーマをもとに、おすすめの文庫作品を紹介する「今月のおすすめ文庫」。今月は空腹に染みわたる、みんな大好き「グルメ小説」をご紹介!
旅先で、お弁当で、そして街のお気に入りのレストランとして。読者の心と身体を満たす、食をテーマとした5作を紹介します。
また、2024年5月24日に発売された『キッチン常夜灯 真夜中のクロックムッシュ』の著者・長月天音さんに、本作について、また現在も飲食店で働く長月さんの経験を活かしたエピソードなど、「ごはん」と「小説」のさまざまなお話を伺いました。

■今月のおすすめグルメ小説

■『キッチン常夜灯 真夜中のクロックムッシュ』長月天音(角川文庫)

今月のおすすめ文庫「グルメ小説」 長月天音が語る、ごはんと小説のおいしい関...
今月のおすすめ文庫「グルメ小説」 長月天音が語る、ごはんと小説のおいしい関…

仕事があまりに忙しすぎて恋人との関係も停滞ぎみのつぐみは、同期のみもざから、夜から朝まで営業しているビストロ「キッチン常夜灯」に誘われる。そこの料理はどれも絶品。寡黙なシェフと包容力あるソムリエの姿から、つぐみは仕事との向きあい方を考え直し、生活が変わりだす――。共感とおいしさいっぱいのグルメ&お仕事小説。

■『食堂のおばちゃん』山口恵以子(角川春樹事務所)

今月のおすすめ文庫「グルメ小説」 長月天音が語る、ごはんと小説のおいしい関...
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下町の風情とタワマンが混在する東京・佃。姑の一子と嫁の二三が営む「はじめ食堂」はオムライスに牡蠣フライ、ブリ大根など家庭的な料理が楽しめる人気店だ。お客さまの悩みを聞いたり騒動に巻き込まれたり、今日も食堂は大にぎわい。元“食堂のおばちゃん”である作者の人気シリーズ。巻末には登場する料理のレシピ付き!

■『タルト・タタンの夢』近藤史恵(創元推理文庫)

今月のおすすめ文庫「グルメ小説」 長月天音が語る、ごはんと小説のおいしい関...
今月のおすすめ文庫「グルメ小説」 長月天音が語る、ごはんと小説のおいしい関…

小さなフレンチレストラン「ビストロ・パ・マル」は、絶品のフランス家庭料理を楽しめる店。サムライ風の風貌のシェフ・三舟は料理だけでなく、洞察力と推理力にも長けた人物。お客さまが巻き込まれた事件や謎を、厨房から鮮やかに解き明かす。読めばフランス料理が食べたくなること必至のグルマンミステリー。

■『ひとり旅日和』秋川滝美(角川文庫)

今月のおすすめ文庫「グルメ小説」 長月天音が語る、ごはんと小説のおいしい関...
今月のおすすめ文庫「グルメ小説」 長月天音が語る、ごはんと小説のおいしい関…

内向的で要領の悪い日和は会社でも叱られてばかり。社長から気晴らしに旅に出ることを勧められ、熱海旅行に挑戦。旅先で食べた茹で卵と干物の味に感動して、ひとり旅に開眼する。佐原の蕎麦屋さんの豚の角煮、仙台の牛タン、金沢の海鮮丼……旅の景色と地元の食べもののすてきさ、おいしさが疑似体験できるグルメ×旅小説。

■『弁当屋さんのおもてなし』喜多みどり(角川文庫)

今月のおすすめ文庫「グルメ小説」 長月天音が語る、ごはんと小説のおいしい関...
今月のおすすめ文庫「グルメ小説」 長月天音が語る、ごはんと小説のおいしい関…

恋に破れ、傷心状態で北海道札幌市に転勤した会社員の千春。慣れない環境に身体も心も疲弊するなか、路地裏のお弁当屋さん「くま弁」に出会う。店員ユウが心を込めて作ってくれるお弁当に魅了され、通い続けるうちに彼との距離も接近してきて――。北海道のおいしいものがたくさん詰まった、ほっこりロングランシリーズ。

■読み終えたあとに「気持ちがいっぱい」になるような小説を目指したい
『キッチン常夜灯 真夜中のクロックムッシュ』長月天音さんインタビュー

「神楽坂スパイス・ボックス」シリーズや『ただいま、お酒は出せません!』など、飲食店を舞台にしたすてきな物語が多くの読者に愛されている長月天音さん。昨年秋に上梓した『キッチン常夜灯』の続編が大好評発売中です。担当編集者のつぶやきから着想を得たことや、料理小説を書く楽しさ、長年の飲食店勤務で得たものなどをうかがいました。

――路地裏にひっそり佇む「キッチン常夜灯」は、夜の九時から朝食の時間帯まで営業している、ちょっと変わったお店です。どのようにして思いついたのですか?

長月天音(以下、長月):担当編集Mさんのつぶやきがきっかけなんです。夜遅くまで残業していると、会社を出る頃には空腹でふらふら。なのにその時間帯だと飲食店はだいたいラストオーダー間際で、入りづらいのだと。「ラストオーダーを気にしなくてもいいお店があればいいのに」とおっしゃるのを聞いて、なるほどと思ったんです。私は長い間さまざまな飲食店で働いてきたのですが、たしかに私もラストオーダーが近づくと、そわそわしちゃうんです。そういう雰囲気はお客さまにも伝わるのだなあ……と。Mさんのように遅くまで働いている方や、夜に孤独を抱えている方、行く場所のない方たちにとっての居場所となるお店を書きたいなあと考えたんです。

――そんな「キッチン常夜灯」に惹きつけられるつぐみは、前作の主人公みもざと同じ会社のチェーン系レストラン「シリウス」の同期社員という設定です。

長月:みもざはお店を任されている店長で、つぐみは本社の営業部勤務です。同じ会社の中とはいえ、お客さまを相手に仕事をしているみもざと社内で働いているつぐみとでは、仕事の内容もそれについての考え方も異なってきます。ひと口に飲食業といっても、いろんなポジションから見えてくる仕事の在り方を今回は意識しました。

――「シリウス」は昨今よく聞く“女性活躍”というスローガンによって、女性社員も男性社員も振りまわされていますね。

長月:前作では“女性活躍”の方針によって店長にされてしまったみもざの葛藤を書きましたが、女性社員たちが店長に抜擢された一方で、それまで店長を務めてきた男性社員たちはどうなったんだろうと改めて考えました。けっして落ち度があったわけじゃないのに、経営トップの思いつきで配置転換させられて。そんな男性社員とのコミュニケーションにつぐみは悩んでいるのですが、そのあたりをしっかり書けたら、組織の物語としても厚みがでるんじゃないかとがんばりました。

――仕事にも恋愛にも疲弊しているつぐみは、「キッチン常夜灯」の料理に癒やされます。第一話のニンニクのスープをはじめ、クロックムッシュ(第三話)に仔牛のブランケット(第五話)と登場する品々はおいしそうなものばかり。料理を描くうえでどんな点を大切にしていますか?

長月:読む方がイメージできるように書くこと、でしょうか。五感に訴えかけるように。その料理の見た目やにおい、熱々なのか冷たいのかも伝わるように。たとえば料理から湯気が上がっていると、それだけでほっとする気持ちになりませんか。キッチン常夜灯にくるお客さまには、つぐみみたいに疲れている方も多いと思うので、そんな方が喜んでくれる料理ってなんだろう?と考えながら書いています。それと、すごく高級なものではないけれどワクワク感のある料理をいつもお出ししようと思っていますね。読んでいる方が「これってどんな味だろう?」と興味を持ってくれそうな。

――すごく高級ではないけれどワクワク感のあるもの……難しいですね。

長月:でも楽しいです。私がつぐみのように飲食店の本社に勤務していた頃、料理の試作をデジカメで撮影したことがありました。その際に先輩社員から「お客さまの目の前にこの料理がある、というイメージで撮りなさい」とアドバイスをいただいて。その言葉は小説内で料理のシーンを書くときに、よく思いだすんです。写真も文章も味自体は伝えられないけれど、ビジュアルや言葉の表現で、おいしい感じを出せるように……と。

――個人営業だからこそ料理も接客も行き届いた「キッチン常夜灯」と、ファミリーレストランである「シリウス」の対比も興味をそそられました。

長月:グルメ小説ではあまりファミレスにスポットは当てられませんが、実際たくさんの方がファミレスを利用していますよね。働いた経験のある方も多いはず。ある意味、最も身近な外食店です。ファミレスのような店があるからこそ、キッチン常夜灯みたいな店の特別感もあるのだと思います。特別感のあるお店だけでなく、普段使いのお店のよさも書きたいというのもありました。

――実際に飲食店で働いてきたからこそ、鍛えられた部分というのはありますか?

長月:お客さまの雰囲気にはそうとう敏感になっていると思います。楽しそうな感じも、楽しんでいない感じも、空気に乗って伝わってきますね。やっぱり一番嬉しいのは、お料理をおいしく食べてくださっている雰囲気を感じられること。そういうテーブルは雰囲気がやわらかくて、お客さまがにこにこ笑っているんです。するとこちらも自然とにこにこしちゃって。飲食の仕事は大変なことも多いですが、お客さまの反応を感じとるのが好きなので今も続けています。

――経験者なればこその実感ですね。そういった経験は小説を書くうえでも、活かされているのでしょうか。

長月:最初に就職した会社で、こう教えられたんです。お客さまの求めるものを先回りして提供しなさい、と。たとえば「お水をください」と言われる前にお水を注ぐ、など。ひとつひとつは些細なことですが、常に意識するとなると難しかった。飲食店というのは、お客さまに満足していただくのが鉄則なんですね。その鉄則が自分のなかに染みついているので、小説を書く際にも読者の方が「なんだか物足りないな」と感じないようにと心がけています。読み終えたあとに「お腹いっぱい」ではないけれど、「気持ちがいっぱい」になるような小説。そういうものを目指しています。

■プロフィール

長月天音(ながつき・あまね)
新潟県出身。2018年、葬儀場を舞台にした『ほどなく、お別れです』で第19回小学館文庫小説賞を受賞して作家デビュー。同作を第一弾としたシリーズが人気を集める。長年の飲食店勤務経験を活かして執筆された作品も多い。

KADOKAWA カドブン
2024年05月30日 公開 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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