『別れを告げない』
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済州島四・三事件。韓国ベストセラー作家が死者と生者の声を聴く
[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)
光州事件に小説(『少年が来る』)で正面から挑んだハン・ガンが、『別れを告げない』では済州島四・三事件という、韓国現代史最大の闇とも言える虐殺事件を取り上げる。
見たくない、けれども見なくてはいけない過去を、どうすれば現代の読者に届けられるか。ハン・ガンは、自身を思わせる作家の「私」を視点人物に、済州島出身の友人インソンの大切な鳥を救うための旅を通して、過去と現在との通路をひらく。
インソンは木工の作業中に大けがをして入院し、身動きが取れない。温暖な島に大雪が降り積もる日に、私は何の準備もなく済州島に向かい、バスに乗るが、時間だけが刻々と過ぎていく。日も落ちて、人家から離れた友人の家までぶじたどりつけるのか。書くことの困難を思わせる、無謀で先の見えない旅は続く。
『少年が来る』でハン・ガンは、死んだ肉体から抜け出す何かを「幼い鳥のようなもの」とたとえた。『別れを告げない』で済州島に降る、白い鳥が群れ飛ぶ姿を思わせる大雪は、人知れず死んでいった者たちの魂なのかもしれない。
彼らはなぜ殺されなければならなかったのか。生き残った人たちが長らく語れなかったのは、軍事政権下で語ることが禁じられていたためであり、誰かに伝えるには凄惨すぎるできごとだったということもある。
四・三事件の生き残りであるインソンの母親は、それでも記憶のかけらを娘に手渡し、早くに亡くなった父親の記憶も、母親、インソンを通して私に手渡される。
しんしんと降る雪に閉ざされた家で、死者と生者の境界は次第にあいまいになり、死んでいるのが誰かも次第にわからなくなっていく。
鋭い痛みが小説全体をつらぬく。インソンの、切断され、縫合された指の痛みと、治療のため針で刺される痛み。私の偏頭痛。「別れを告げない」とは、死者たちと生きていく決意の表れだ。