現役弁護士作家が贈る!青春×リーガルミステリの金字塔――『密室法典』五十嵐律人【評者:若林 踏】

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密室法典

『密室法典』

著者
五十嵐 律人 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041136348
発売日
2024/04/24
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

現役弁護士作家が贈る!青春×リーガルミステリの金字塔――『密室法典』五十嵐律人【評者:若林 踏】

[レビュアー] 若林踏(書評家)

■リーガルミステリの旗手から、更に多種多様なミステリの書き手へ
『密室法典』レビュー

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現役弁護士作家が贈る!青春×リーガルミステリの金字塔――『密室法典』五十嵐...
現役弁護士作家が贈る!青春×リーガルミステリの金字塔――『密室法典』五十嵐…

評者:若林 踏

 リーガルミステリ史上に残る個性的なバディ、再び。
 『密室法典』は『六法推理』に続く〈無法律〉シリーズの第二短編集である。
 〈無法律〉とは霞山大学法学部の自主ゼミ「無料法律相談所」の通称で、本シリーズの主人公は〈無法律〉に所属する古城行成と戸賀夏倫が務める。法学部に所属する古城は法曹一家に生まれたエリートで、無料の法律相談を〈無法律〉で行っている。経済学部に通う戸賀は常に派手なファッションを着て、いわゆるギャルのような雰囲気をまとっている。法律には疎いが人並外れた洞察力の持ち主で、〈無法律〉に持ち込まれる事件を鮮やかな推理で解いてみせるのだ。古城と戸賀の掛け合いを通じてリーガル小説と本格謎解き小説の融合を試みているのが〈無法律〉シリーズの特徴であると同時に、正反対な特徴を持つ人物が力を合わせて難題に取り組む相棒小説としての側面も持ち合わせている。
 第二作である本書で古城は霞山大学のロースクールへと進学しているが、その模擬法廷で起こった不可解な事件を描いているのが表題作の「密室法典」である。学生たちが模擬法廷の中に入ろうとすると、覗き窓のそばに「罪人と共に法廷は閉ざされた。」という張り紙が張られていることに気付く。さらに法廷内を覗くと、証言台の手前に恐竜の着ぐるみが横たわっているのが見える。教授が模擬法廷の扉を鍵で開けて入ると、着ぐるみの正体は古城の同級生だったことが判明する。だが模擬法廷には鍵がかかっており、誰かが被害者の学生を気絶させた後に外へ出ることは不可能なはずだ。そう、同作では密室の謎が描かれるのである。
 これが『密室法典』という連作短編集の特長で、本格謎解き小説でお馴染みのガジェットや趣向を法律の世界に絡ませた時にどのような物語を紡ぐことが可能なのか、ということに作者は挑戦しているのだ。その意気込みが最も洗練された形で表れているのが二編目の「今際言伝」である。〈無法律〉に相談に訪れた学生は、自分の祖父が突然死した際に不可解なものが描かれた紙を握りしめていたことを告げる。それは天使を逆さまにしたような意味不明の図形だった。いわゆるダイイングメッセージものと呼ばれる謎が用意されているのだが、これが意外な形で相続にまつわる厄介事と絡み、ダイイングメッセージの謎解きがより複雑な難題となって古城と戸賀の前に立ちはだかるのだ。なるほど、リーガル小説の要素を持ち込むと、このような形でダイイングメッセージの謎が一風変わったものになるのか、と感心した。
 三編目の「閉鎖官庁」は〈無法律〉の三人目のメンバー、法学部四年の矢野綾芽が官庁の就活中に再会した旧友から聞いた謎に挑む話だ。矢野が挑む謎解きとは別の部分にちょっとしたサプライズが用意されていると同時に、一人の若者が痛みを伴いながら成長する青春小説としての佇まいも備えた作品になっている。
 最後に収められた「毒入生誕祭」は、ミステリ読者には馴染みの深い“毒殺もの”の変形というべき謎が示される。五十嵐作品としては珍しい正攻法のハウダニット小説として堪能できるのだが、それだけに留まらない仕掛けも用意されているのだ。デビュー作『法廷遊戯』からフェアな伏線の提示など、謎解きの技巧に光るものを持っていた五十嵐だが、『密室法典』では本格謎解きミステリとがっぷり四つで組んでいる。リーガルミステリの旗手から、更に多種多様なミステリの書き手への飛躍を感じさせる一冊だ。

KADOKAWA カドブン
2024年05月28日 公開 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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