『アメリカ70年代』
- 著者
- ブルース・J・シュルマン [著]/巽孝之 [監修、訳]/北村礼子 [訳]
- 出版社
- 国書刊行会
- ジャンル
- 社会科学/社会科学総記
- ISBN
- 9784336075833
- 発売日
- 2024/04/18
- 価格
- 3,960円(税込)
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<書評>『アメリカ70年代 激動する文化・社会・政治』ブルース・J・シュルマン 著
[レビュアー] 渡辺将人(政治学者)
◆「左右」「公私」分断の起源
1970年代の米国は評価が難しい。戦後の「偉大な米国」と80年代の冷戦最終盤のレーガン期に挟まれた「特徴のない時代」とされがちだ。本書は米国の歴史学者が音楽や映画など文化の比喩を縦横無尽に紐解(ひもと)きながら、70年代こそが21世紀の米国を築いたことを示す野心的な政治史だ。
米国の分断が指摘されて久しいが、本書は二つの分断の起源を知る上で有意義だ。
第1は右と左の分断である。73年、連邦最高裁で人工妊娠中絶の合法判決がでた。トランプ前大統領が保守系判事を指名して覆したあの判決である。フェミニズムの一里塚となった一方、中絶を認めない米国のキリスト教保守の政治参加を招いた。60年代から、米国では共和党内でゴールドウォーターなど右派強硬派の波が渦巻いたが、中絶問題が文化的対立を決定的にした。「文化戦争」は70年代の「対抗文化」に手がかりがある。
第2の分断は「公」と「私」の分断である。かつて米国にはニューディール政策や公民権運動のような普遍的な公共の力への信頼があった。それが崩れ、自由市場や私生活の主権という左右を超越した個人主義が突出し始めたのが70年代だった。
72年のウォーターゲート事件でニクソン大統領は失脚する。ここで失われたのは共和党への信頼ではなく、大統領の威光や政府への期待だった。カーターという「善人」大統領でお茶を濁した後、米国は「政府こそが問題」だと唱えたレーガンの時代に入っていった。政府不信はのちに「非政治家」を求め、トランプ政権まで誕生させる。
原書刊行は2001年だがが、今読むことに意義があるのはその後の米国を見事に予見しているからだ。二つの分断然(しか)り。また、テキサスやカリフォルニアなど「サンベルト」地域の台頭然り。著者が唱えた米国政治の「南部化」の重要性は、21世紀のシリコンバレーに鑑みるとますます納得できる。
日本版には米文学の泰斗である監訳者の興味深い解説が盛り込まれている。解説から読むと羅針盤になるだろう。
(巽(たつみ)孝之監訳、北村礼子(あやこ)訳、国書刊行会・3960円)
1959年生まれ。米ボストン大教授・歴史学。
◆もう一冊
『アメリカ西漸史』ブルース・カミングス著、渡辺将人訳(東洋書林)