『あなたの大事な人に殺人の過去があったらどうしますか』
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天祢涼の世界
[文] 千街晶之(文芸評論家・ミステリ評論家)
天祢涼
将来をともに生きていきたいと思う人が現れるという人生の幸福。しかしもし、その大事な人に大きな秘密があったらどうしますか? それも『殺人』という過去だったら……罪を償っていれば、許せるのか? 受け容れられるのか? それとも、許せないのか? 拒絶するのか? 様々な問いかけに満ちた社会派ミステリーを、キャラクターの揺れ動く心情とともに丹念に描ききった天祢涼さんに話をうかがった。
◆死刑をテーマにしたものを書けないかとずっと考えていた
――今回の作品の発想はどのように生まれたのでしょうか。
天袮涼(以下、天祢) もともと、被害者遺族は、言葉は悪いですけど、犯人を殺したいと思って当然だし、法律がなければ自分の手で殺そうとするはずだ……と思っていたんですよね。ただ、「松本サリン事件」の被害者の河野義行さんのインタビューを読んで、あんな犯罪に巻き込まれた上に奥さんが意識不明のまま亡くなったのに、自分は死刑には反対だと言っていて、それに衝撃を受けました。なんでそんなことを思えるんだろうなと感じたことがそもそものきっかけです。
――かなり前からそういう疑問があって、そこから作品として結実するまでに結構時間があった感じですか。
天袮 そうですね、漠然と死刑の是非については考えていて、基本的に自分は死刑には反対なんですけれども、一方でご遺族が死刑を望む気持ちには共感できるという……わりと死刑に対して反対とか賛成とか言い切れない感じでずっと答えが出なかったんですけど、死刑をテーマにしたものを書けないかなとずっと考えていたんです。
――今回は群像劇と言いますか、主人公が複数いるわけですが、この主人公たちはどのように生まれてきたのでしょうか。
天袮 記憶が曖昧ですが、最初に生まれたのは二章の視点人物の千暁でした。お兄さんが死んでしまって、人生がうまくいかなかったのを引き上げてくれた親友がお兄さんの仇で、それを知ったらどうなるんだろうというところから発想したんですが、先行作品に素晴らしいものがあったので、今更書く意味について考えていた時に、最初の章の視点人物である彩を思いついて、彼女を起点に考えていくといいかなと思いはじめて。最初はもっと男臭い話というか、男の友情譚的なものをイメージしていたんですけど、彼女が出てきたことで群像劇のほうがもしかしたら面白いのかなと。
――彩を自分の思考や感情の言語化が苦手な人物にしたのは何故でしょうか。
天袮 やっぱり自分が好きになった人が殺人犯だったとか、そういうことになった時って、いろんな感情が湧くんじゃないかなって思ったんですね。許したいとか、愛したいとか、一方で怖いとか、そういういろんな思いがあると読者として感情移入しやすいかなと思いました。彩はちょっと悩む子というか、なかなか答えを出さない子のほうがいいだろうと思ってああいうキャラにしました。
――心葉が、以前は「死ね」という言葉でしか自分の感情を表現する術を知らなかったあたりとも重なってくるのかなと思いました。
天袮 石井光太さんの『ルポ 誰が国語力を殺すのか』という本を読んで知りましたが、言葉で主張できない子供というのが今だんだん増えていて、少年院に入っている子供のうち、ある一定以上の割合の子がもう言葉で思考できないらしいんですね。だから本当に心葉みたいに「死ね」とか、ちょっと肩が当たっただけで「殺す」とか、そういう方向にしか思考できない。それは言葉の知識が足らないからじゃないかというところから生まれた設定です。
――今回、タイトルが非常にストレートで、今までの天袮さんの小説とは違う印象ですが。
天袮 これは担当の編集者さんが考えてくれたタイトルです。自分では絶対につけないタイトル案なので、そういう発想に行くのかという驚きと、正直、最初は違和感があったんですよ、大丈夫かって。ただ、わりと読者の反応もいいので。
◆いろいろ考えてラストは二回書き直しました
千街晶之
――読者に問いかけるようなタイトルですが、同じ問いを天祢さんが投げかけられたら、どのようにお答えになりますか。
天袮 やっぱり大枠では許すことはできないとは思うんですけど、一方でそれだけなのかなという気はしますね。そのへんの迷いを書いて、登場人物も迷ったまま物語は終わっていくので、難しい問いですよね。
――彩が最後に辿りつく結論は早いうちから決まっていたんでしょうか。
天袮 実は三段階ありまして、最初はわかりやすいハッピーエンドだったんですけれども、第一稿を担当さんに見せる前に読み返して、「こんなハッピーエンドになるか?」という気がしたんですよね。それでいろいろ考えて、ラストは二回書き直しました。結局、一番いい終わり方になったと思います。
――少年法で守られているはずなのに心葉の以前の名前が検索で出てきてしまったり、炎上系YouTuberが出てきたり、ショッキングな情報が世間に簡単に流布されてしまうという今ならではの問題も扱っていますね。
天袮 YouTubeとかを見ると、わりと過激な動画が並んでいて結構びっくりしたんです。こういう人たちが話を大きくして、大事なことが見えなくなっているんじゃないかなと思ったので、炎上系YouTuberは最初から出そうと決めていました。
――ミステリとしてはかなり意外な犯人を狙った感じですね。
天袮 迷いながら生きている心葉や千暁と、結論が一つしかないような人を対峙させたかったので、犯人はあまり出てこないけどそこそこインパクトのある人にしようと最初から決めていましたね。
――しかも最初に登場した時にもう、こいつは犯人だという決定的情報を口にしてしまっているのがフェアで。
天袮 そういう風に思ってもらえればありがたいです。
――文藝春秋の仲田蛍刑事のシリーズが代表ですが、最近の天祢さんは社会派路線の作品が多いですね。この路線に興味を持ったのは何か機会があったのでしょうか。
天袮 『都知事探偵・漆原翔太郎 セシューズ・ハイ』のあとぐらいでしょうか、子供の貧困問題を研究している知人に「(日本の)子供の貧困問題なんてアフリカの子供とかに比べたら大したことないでしょ」と言ったら「勉強しろ」ってすごく怒られてしまいまして、それで調べたら結構大変なことになっていることを知りました。その頃は仕事も減ってて、自分が書きたいものが何かをすごく考えた時期でして、今の社会情勢のことは書きたいと思ったんです。おかげさまで評判も良かったので、そういう話も書かせていただくようになりました。
――では最後に、読者の方にメッセージがあればお願いします。
天袮 自分の中でもまだ答えが出ない問題を書いたので、読者がどう思うか、書き上げた充実感より今は不安の方が大きいです。けれどもすごく大きな問いだと思いますし、簡単には答えが出せないことだと思うので、自分の疑問に他人を巻き込んでしまったわけじゃないですけど、そうですね、「考えてください」っていうのもおかしいし……とにかく小説として、ミステリとして楽しんでいただければと思っております。
【著者紹介】
天祢涼(あまね・りょう)
1978年生まれ。『キョウカンカク』で第43回メフィスト賞を受賞し、2010年デビュー。社会に追い詰められた子供たちを描く『希望が死んだ夜に』はロングセラーとなり文庫で増刷を重ね「仲田」シリーズとして『あの子の殺人計画』『陽だまりにいたる病』『少女が最後に見た蛍』と続いている。他著に『謎解き広報課』『彼女はひとり闇の中』などの他、「境内ではお静かに」シリーズなど多数。