『外岡秀俊という新聞記者がいた』
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<書評>『外岡(そとおか)秀俊という新聞記者がいた』及川智洋 著
[レビュアー] 青木理(ジャーナリスト)
◆謙虚さと矜持 凝縮した証言
私見だが、新聞記者はアクが強く、口の悪い者が多い。しかも特ダネ記者とか優秀とされる者にその傾向は強い。
因果応報。だから優秀とされる記者ほど業界内で悪評紛々、知らぬは本人のみ。類例は掃いて捨てるほどあるが、朝日新聞の外岡秀俊さんは稀少(きしょう)な例外だった。
学生時代に発表した小説で文藝賞を受け、気鋭の作家として嘱望されながら新聞記者になった。そして端正な文章を無骨(ぶこつ)な新聞記事に落としこみ、国際政治の動向から各地の紛争や被災の現場までを、あるいは映画や芸術の分野までを縦横に往還し、秀逸なルポやコラムを紡ぎ続けた。
そんな外岡さんの名を、同時代の記者で知らぬ者はいない。だが外岡さんの悪評を、朝日社内を含め、私は聞いたことがない。それは外岡さんが常に低い目線で取材対象と向きあい、断じて驕(おご)らずに言行を一致させ、同時にジャーナリズムが守るべき原則を謙虚に貫いてきたからだろう。
生前の外岡さんに聞き書きした本書は、そのエッセンスが凝縮されている。「抗命権」はそのひとつ。
外岡さんは言う。記者という職業には「上から命令があったときに、それに抗命する権利がある」と。なぜか。「新聞社という組織には上下関係はあるけれども、記者としては対等である」から。また「意見の多様性とか議論の重要性をまず我々は認識すべきだ」から。
さらに外岡さんは言う。「僕らは会社員と思ったらダメだということなんですよ。『上がおかしいことを言ったと思ったら歯向かえ』と」「その議論がなくなってしまったら、言論機関としてはおしまいだということです」
この矜持(きょうじ)が貫かれていれば、この国の新聞は先の大戦時の痛烈な過ちを避けられたかもしれない。その総括も不十分なまま再出発した戦後の新聞にも功罪あり、近年はメディア環境の激変に伴って苦境に喘(あえ)ぐが、戦後の新聞メディアの最も良質な部分を代表する1人が外岡さんであり、その証言に私たちが倣い、嚙(か)み締めるべき点は多い。
(田畑書店・3300円)
1966年生まれ。法政大非常勤講師。朝日新聞社を2016年に退社。
◆もう一冊
『北帰行』外岡秀俊著(河出文庫)。東京大在学中に書いて1976年、文藝賞を受賞。