「第三者的視点」から日米同盟の理解をバージョンアップする

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日米同盟の地政学

『日米同盟の地政学』

著者
千々和 泰明 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
社会科学/政治-含む国防軍事
ISBN
9784106039089
発売日
2024/04/25
価格
1,815円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「第三者的視点」から日米同盟の理解をバージョンアップする

[レビュアー] 山口航(帝京大学専任講師)

千々和泰明『日米同盟の地政学―「5つの死角」を問い直す―』(新潮選書)

 もし中国が台湾に侵攻し、それに対してアメリカが軍事介入を決断したら、日本はどうするのか。本書が想定している事態の1つである。

 在日米軍が台湾へ直接出撃する場合には、事前に日本側と協議をする必要があるとされている。実際にアメリカ政府が事前協議の開催を要請し、日本政府の承諾を求めてきたとしよう。このとき、敵対国が「日本がアメリカ軍に在日米軍基地の使用を許せば、日本も攻撃対象とみなす」と脅しをかけてくることは十分考えられる。

 この局面で、アメリカ軍に基地使用を許さない限り、日本は紛争から無関係でいられるのであろうか。

 たしかに日米同盟には、日本側の願望や都合によって形作られている側面があると言える。日本はアメリカの戦争に巻き込まれないようにしておきたい、日本によるアメリカへの軍事的な協力は最低限にとどめたい、といったものである。

 このような声を背景として、日本は事前協議を開催することによって、在日米軍基地からの直接戦闘作戦行動に制約をかけようとしている。しかし、もっぱら日本側の願望や都合に基づく視点、すなわち「日本的視点」が、安全保障の現実と整合しているとは限らない。

 では、敵対的な相手国から見ると日米同盟はどう映るのか。日本が事前協議で「ノー」と答えて在日米軍の動きを止める可能性もある、と考えてくれるだろうか。あるいは「ノー」と答えなかったとしても、日本はアメリカ軍の行動を嫌々ながら黙認しているだけだから敵ではない、と理解を示してくれるだろうか。相手はそれほどお人好しではない。

 ここで重要なのは、日本が在日米軍基地の使用を許すか否かではない、と著者は言う。これはあくまでも手段である。その使用を認めることによって、アメリカの同盟網という安全保障システムが有効に機能して、平和な秩序が保たれるか否かこそが問われるべきなのである。そもそも日米同盟は、米韓同盟など、アメリカの他の同盟と密接に関連していることにも留意する必要がある。

 平和を維持するためには、こうした現状を俯瞰する戦略的・地政学的視点、つまり「第三者的視点」を取り入れる必要がある。安全保障政策は、国家間の相互作用を前提とするものである。そうである以上、「日本的視点」にのみとらわれると、安全保障政策と現実との間にギャップが生じ、日本の安全を損ないかねない。

 こうした問題意識を軸に、本書は「日本的視点」を「第三者的視点」から相対化し、日米同盟の理解をバージョンアップしていく。具体的には、アメリカ軍による日本の「基地使用」、指揮権調整に焦点を合わせた「部隊運用」、実際の有事への対応である「事態対処」、有事の終わり方に関する「出口戦略」、アメリカの核兵器による「拡大抑止」という、5つのテーマを取り上げている。

 ただし本書は、日本の視点はガラパゴス化しているから海外の「正しい」見方を教えてあげようという、ありがちな上から目線の説教ではない。あくまでも「海外の視点」ではなく、「第三者的視点」が導入されているのである。今の安全保障環境を前にして、日本の偏見に海外のそれをぶつけて悦に入る余裕はない。

 そうだとしても、とかく安全保障問題はわかりにくい。とくに日本では、国内法や、国内向けに説明してきた憲法解釈、さらには不透明な「密約」が複雑に積み重ねられており、難解だからである。その結果として、単純な「日本的視点」が拡がっている側面もあるだろう。

 だが本書は、学術的な知見に裏打ちされつつ、一般の読者にも明快である。歴史的経緯をわかりやすく跡づけながら、直感に反する議論が説得的に展開されている。

 著者は防衛省防衛研究所主任研究官であり、テレビや新聞などのメディアでもおなじみであろう。内閣官房副長官補(安全保障・危機管理担当)付主査として実務に携わった経験も持ち、そこでの問題意識も本書に存分に活かされている。また、すでに5冊の単著を公刊してきており、本書は6冊目になる。その実績は、第43回石橋湛山賞や、第7回日本防衛学会猪木正道賞正賞を受賞するなど、高く評価されている。

 厳しい国際環境に直面する今、現実離れした議論を超えて、安全保障論議の質を高めたい。このような著者の熱い思いがあふれている一冊である。

新潮社 波
2024年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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