『あいにくあんたのためじゃない』
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商店街のマダムショップは何故潰れないのか? 実体験をベースに小説を描いた柚木麻子がラップユニット・chelmicoと語る
[文] 新潮社
物語はどこまでも(※ネタバレ注意)
M:「めんや」の登場人物を傷つける原因となった佐橋は最後仕返しされますが、その仕返しをやり切った後に、みんなが佐橋におのずと興味を失うシーンが、めっちゃ怖かったです。
柚木:「パティオ8」も「めんや」も復讐ものだけど、復讐ものって最後、一抹のむなしさが残るじゃないですか。
R:そうですね。
柚木:だから、復讐はされたけれど、いい未来が待っている予感のある結末になるといいなと思って。
M:佐橋にも、救われる未来がほんのり見えるのがいいですよね。
柚木:実は「めんや」には私の中では続きがあって、小説の舞台となるラーメン屋「中華そば のぞみ」の先進的な取り組みのドキュメンタリーを、Netflixでずっと撮ってるんです。1時間20分ぐらいのドキュメンタリー。
R:リアルだなー。
柚木:そこに佐橋の事件も入っていて、佐橋が懺悔するというところまでがセット。その懺悔がアメリカ人の一部に受けるんです。弱さを吐露するアジア系男性が新鮮で。それで佐橋はアメリカのフードを食べてコメントする仕事を得て渡米するの。
M:なるほど、ワールドワイドに!
柚木:ラーメンしか知らない、あのドキュメンタリーのヒールの佐橋が、ホットドッグとかを食べるという小さい番組を持たせてもらって、多民族国家の中で時にものすごくきつく怒られたり、ひどい目に遭ったりもするんだけど、1年が経つころ、彼は生まれ変わるんです。それまでは、ボコボコにされると思うんですけど。佐橋は佐橋で今後、海外で仕事が広がる。
R:救われてよかった(笑)。
柚木:「BAKESHOP」の話の続きも考えていて。
M:えー?!
柚木:ラストで秀実と安西さんの焼いたケーキを未怜が非常においしそうに食べたことで、うまくいっていなかった3人の仲が復活してLINEグループを作るんです。でも秀実が街を去ると、結局未怜はベイクショップを開くためのケーキを焼くのが面倒くさくなって、夢と違うことを言い出したりしちゃう。だから安西さんは友達として、かつての秀実みたいな遠慮はしないで、未怜をビシビシ叱って。
M:確かに、未怜は秀実より安西さんのほうが、相性がいい気がするかも。
柚木:二人はいがみ合いながらも、安西さんのつてで未怜のバイト先を見つけてあげたり、安西さんの留学の資金が貯まらないことを未怜がたまに励ましたりとかして、繋がりは途絶えない。そこに時々、東京の素敵なお店の情報を秀実がLINEグループに上げると、未怜が行きたいと言って、安西さんはその前に開店資金を貯めろと言い返して、そういうやりとりをずっと続けるけれど、友達関係は途切れない。
R:そんな続編があったんだ!
M:すごくいい、続編。
柚木:「トリアージ」の続きもあります。升麻梨子とよこちん、よこちん母が初めて会ったときに放映が発表されたリモートドラマを3人で見て大いに盛り上がって。そうこうするうちに主人公が出産して、コロナ禍で厳戒態勢でも、よこちんとよこちん母がガラス越しに会いにきてくれる。さらにドラマの新シーズンが始まり、先ほど話した「THE MOVIE」もついに公開!
M:「THE MOVIE」来たー!
柚木:豪華な「THE MOVIE」を、3人でポップコーンを食べながら観られるという未来もある。
R:ああ、よかった。いいですね、その未来。
柚木:続編以外でも架空のコンテンツのことばかり考えていて、たとえば「スター誕生」にちょっとだけ出てくるドラマ「ママ友はスナイパー」は、保育園でやっとできたママ友が、もしスナイパーだったらどうしようというところから発想しました。
R:それは、どうしよう、となる(笑)。
柚木:何の仕事をしているかわからないけれど、主人公のママ友がいつもゴルフクラブの入ったケースみたいなものを持っていて、実は中身は銃なの。
M:スナイパーだ!
柚木:マフィアの幹部が撃たれたというニュース速報が流れたときに、群衆の中にそのママ友が見えたような気がして、もしかしたら、あのママ友はスナイパーかもしれないと思う。でも子ども同士の仲がいいし、やっとできたママ友だから、主人公は知らないふりをして友人関係を続ける。だけど、ママ友のスナイパーぶりがいろんなところで出てしまうという1時間のドラマです。ママ友二人を演じた俳優は第一線で活躍し続けていて、当時の視聴率はよくなかったけれど、今でも二人のシスターフッドがすごく好きだったと言う文化人がたまにいる。
R:評価のされ方まで考えてる。
M:つくり込まれてるなあ。
柚木:嫌なことがあっても、救われる未来が登場人物全員にある。それが読者の方にも伝わるといいなと思います。
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Chelmico(チェルミコ)
RachelとMamikoからなるラップユニット。インディーズ活動を経て、2018年に待望のメジャーデビュー。これまで『POWER』『Fishing』『maze』『gokigen』と4枚のアルバムをリリースし、ラッパーとして成長し続けている。コマーシャルソングやドラマのテーマソング、アーティストへの楽曲提供、客演など、様々な方面で活動中。
柚木麻子(ゆずき・あさこ)
1981年東京生まれ。2008年「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞し、2010年に同作を含む『終点のあの子』でデビュー。2015年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞、高校生直木賞を受賞。ほかの小説に『私にふさわしいホテル』『ランチのアッコちゃん』『伊藤くん A to E』『本屋さんのダイアナ』『マジカルグランマ』『BUTTER』『らんたん』『オール・ノット』など、エッセイに『とりあえずお湯わかせ』などがある。