商店街のマダムショップは何故潰れないのか? 実体験をベースに小説を描いた柚木麻子がラップユニット・chelmicoと語る

対談・鼎談

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あいにくあんたのためじゃない

『あいにくあんたのためじゃない』

著者
柚木 麻子 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103355335
発売日
2024/03/21
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

商店街のマダムショップは何故潰れないのか? 実体験をベースに小説を描いた柚木麻子がラップユニット・chelmicoと語る

[文] 新潮社

気づいたら腕を組んでいた


Mamikoさん

R:今回はコロナ禍設定の作品も多かったですよね。「トリアージ」の主人公・升麻梨子はコロナ禍で、シングルマザーになることを決めた妊婦さんで、「パティオ8」は外出自粛時のマンションが舞台。私は一人ではなかったのですが、コロナ禍での出産だったので、麻梨子の不安な気持ちにすごく共感しました。つわりで食欲がない時に、さっと美味しいものを持ってきてくれる人が近くにいたら……! コロナ禍の設定だからこそ、人との繋がりや手作りのご飯の温かさがより尊く感じられます。

柚木:逆説的に繋がりを感じることができた世の中だったよね。

M:どのお話もほっこりしたり、すっきりしたり、元気をもらえる作品ですが「 BAKESHOP MIREY’S 」はぎゅっと心が掴まれて、切なくなってしまいました。主人公の秀実の気持ちも、未怜の気持ちもわかるんですよね。

R:未怜はお菓子屋さんを開きたいと夢見ながらも、なかなか動き出せない女の子で、その夢を秀実は本気で応援しようとする。私は未怜の気持ちがめちゃくちゃわかります。

柚木:そうなんだ! Rachelは行動派に見えるけど。

R:「これやりたい!」って言ってはみるけど、お膳立てされちゃうと逆に引いちゃう気持ち、すごく理解できる。

M:いざとなると踏み出せないことってたくさんあるもんね。

柚木:私はお膳立てしちゃうタイプです。お菓子屋さん開きたいって言われたら、すぐにオーブン買っちゃう。

R:そういうことじゃないんだよな……って萎えちゃうかも(笑)。

柚木:ですよね(笑)。最近は長期的に話を聞いたり、寄り添うほうが当事者にとっていいと考えを改めました。

M:私は秀実の気持ちの方がよくわかります。もし自分に、未怜みたいな年下の女の子の知り合いがいて、「夢があるんです」なんて相談されたら「どうやったらうまくいくかな」って色々考えちゃう。

柚木:話もすごく聞いちゃうよね?

M:聞くんですけど、ふと、やりすぎない方がいいなと気付いてブレーキはかけられるかな。もちろんその後もやきもきしちゃうんだけど、やっぱり本人に頑張って欲しいですもん。

R:私は「商店街マダムショップは何故潰れないのか?」がすごく面白かったな。柚木さんの怖い話が新鮮で。

M:新書のようなタイトルですよね。そういうイメージで読み始めたので、途中で「これ、怖い話じゃん!」と気づきました。

柚木:ずっと疑問だったんですよ。決して繁盛しているようには見えないのに、商店街にずっと存在しているマダムショップが。

R:ありますよね。そういうお店。

M:あるある。お話の中のマダムショップで売られているカエルの置物まで、見たことあるんじゃないかってくらいリアルにイメージできます。

柚木:そういうお店の商品って、どれもめちゃくちゃ高くて、必ずマダムの店主がいらっしゃる。実際うちの近所にもあるんですが、入店するとマダムにすごくびっくりされるんです。

R:お店なのに(笑)。自分の家の延長みたいな感覚なんですかね。

柚木:この話も、コロナ禍ならではの実話をヒントにしている部分があるんです。どの業界も感染症対策でダウナーになっていた時期、有名ブランドで働いている友達だけがすごく盛り上がっていて。「店頭に立てないのになんで?」って聞いたら、「お金持ちにとっては、このコロナ禍はただ単に退屈なだけなの。だから、店員とZoomでしゃべることを何よりの楽しみとしていて、『この50万円のトランクで、コロナが終わったら旅行に行ったらいいじゃないですか』と薦めたら買ってくれる」と言っていて。Zoomで1日300万円ぐらい売っていると聞いたんです。

M:すごい。

R:お客さんとのZoomがあるんだ?

柚木:その友達の話を聞いているうちに、有名ブランドの商品でも捨て商品みたいな、ダサいものもあるということを知ったのですが、コロナ禍ではそれすらも売れる。そこでマダムショップの話が肉付けされていきました。

M:私は柚木さんの描写の丁寧さがとても好きなんです。「めんや 評論家おことわり」に出てくるラーメンも味が想像できて……。ものすごく美味しそうでした。

柚木:ありがとうございます。ラーメンは実際に作ったんです。3ヶ月間、麺から手作りして究極のラーメン作りに奮闘しました。最終的にチャーシューや煮卵も自作して……、ナルトとメンマ以外は全部手作りしましたね。

R:すごすぎる!

柚木:スープの研究もかなり時間をかけました。たまたま入れた花ガツオが味の決め手となった、と作中で書いているんですが、それも実体験です。麺の湯切りをしすぎて、指の関節が真っ赤に腫れたりしました。この作品集を作る上で一番苦労したことかも。

M:商売道具の手を……(笑)。

柚木:確かに(苦笑)。でもやってみないとわからなかったな。ラーメンも落語も。ラーメン屋さんも超名店というと、ちょっと強面というか、気難しい店主さんが多いイメージありません? 

R:腕組みしてて、笑わないイメージかも。

柚木:そう! 私は普段からホームパーティーなどでお菓子やご飯を振る舞う機会が多いけど、ラーメンを出した時ほど、みんなのテンションを上げられたことはありません。クッキーとかでも「美味しい」って食べてくれますが、ラーメン丼をどんって置くと、反応が違う。みんな「うめえ!」って夢中になるんですよね。

M:わかるかも……。

柚木:その反応がとにかく嬉しくて、誇らしくて。スープを飲む時に、じっと見てくる店主とか苦手だったんだけど、私も思わずやっちゃってて。気づいたら腕も組んじゃってるの。

R:そっか。あれって威圧してるんじゃなくて、自然と出ちゃう仕草なんですね。

柚木:そう。「どうだ、うまいだろ! いくらでも食ってけ!」って気持ちになるんです。お二人にも食べさせたいな。

新潮社
2024年4月28日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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