『あいにくあんたのためじゃない』
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商店街のマダムショップは何故潰れないのか? 実体験をベースに小説を描いた柚木麻子がラップユニット・chelmicoと語る
[文] 新潮社
リアルなディテール、ぶっ飛んだ虚構
R:MCワンオペが流暢にラップができたのは、落語を過去にやっていたからという細かい設定も面白かったです。実際に、ラッパーや歌手は落語を上手くできると言われていて。感情を込めず、淡々と喋るほうが落語は伝わりやすいとのことですが、MCワンオペがこんなにラップが上手いのも「なるほど」と納得できました。
柚木:実は私、ラップは書いただけなのですが、落語はやったことがあるんです。ある時エッセイにもSNSにも書けない面白い事件が起こって。どうしようと思った時に、「これ落語にするしかないじゃん!」って決断しました。
R:すごい発想(笑)。
柚木:練習して、作家仲間や友達に見せて、一生懸命やるうちにどんどん上手くなっていくんですよ。見ている人がすごく笑ってくれるのが気持ちよくて、態度が落語家然としていく。
M:立ち居振る舞いが落語家さんになる、ってどういう感じですか?
柚木:自分の態度がどんどん偉そうになっていくのがわかるんです。私が出ていくだけで、みんながどっと笑ってくれるのがとんでもない快感で。笑いを取る仕事って本当に素晴らしいし尊敬もしていますが、芸人さんはどうしてあんなに偉くて権力があるのか、その理由が分かった気がしました。
R:柚木さんが落語をされていたとは知りませんでした。実体験がベースにあるから柚木さんの作り出すキャラクターはリアリティがあるんですかね。私は同じく「スター誕生」の主人公、真木みたいなおじさんも「いるいる」と、面白く読みました。頑張ってるんだけど、それが全部空回りしていて上手くいかない。なんだか可哀想で。「パティオ8」で、それなりに年を重ねた男性が恐縮する姿は見ていられないし、何も言えなくなってしまう。それは一種の暴力だよねといった文章が出てくると思うのですが、それを読んでハッとしました。
柚木:ありがとうございます。真木は頑張り屋さんなんだけど、すべてが裏目に出てしまうというか。悪い人ではないんだけど、そこが彼の一番良くないところでもあるんですよね。実は今回の作品集は「スター誕生」以外にも、私が実際に体験したことを落とし込んだ作品があるんです。例えば「トリアージ2020」とか。
M:「トリアージ」、一番好きです。柚木さんの実体験というのはどのあたりですか?
柚木:登場人物が幼い頃、レジオネラ肺炎を拗らせて呼吸器をつけていたという描写がありますが、私も中学生の頃、同じ経験があります。呼吸器をつけていると本を読むのも一苦労なんです。ずっと腕をあげていないといけなくて、そのうち力が入らなくなってしまう。私はその時にドラマばかり見ていたので、ドラマに詳しくなりました。
M:そうだったんですね。作中で描かれる医療ドラマの設定も、かなり詳細ですよね。実際見てみたくなりました。
柚木:「トリアージ」というタイトルの架空のドラマなんですが、私の中ではキャストさんも全部決まっています。ドラマのオープニングや、タイトルのフォントまで細部にわたって考えつくしているので、そこを褒めていただくのは嬉しいです。実は「トリアージTHE MOVIE」まで構想があります。
R:劇場版はアツい! 私たちも「BEER BEAR」という曲は、ビールが好きなクマさんが主役のアニメを勝手に考えて、その主題歌を作成するつもりで書きました。
柚木:ビール好きなクマ、可愛い!
M:私たちはお酒が好きなんですが、メインキャラのクマ以外にも「テキーラビット」というテキーラが好きなうさぎのキャラも考えたんです。ちょっと毒気のあるアニメがいいよねって。アメリカでやってるカートゥーンを意識しました。
柚木:架空のコンテンツを創作するのって楽しいですよね。
R:楽しい! 今回の柚木さんの作品集は、実体験がベースとなったリアリティのあるディテールと、ぶっ飛んだ虚構のバランス感が魅力です。