昨今珍しいビブリオマニアックな林芙美子文学賞佳作
[レビュアー] 栗原裕一郎(文芸評論家)
林芙美子文学賞は、北九州市が主催し、朝日新聞出版が協力する新人文学賞である。芥川賞を受賞した高山羽根子や、三島由紀夫賞・泉鏡花文学賞・野間文芸新人賞を立て続けに受賞した朝比奈秋らを輩出しており、地方文学賞ながら注目度が高い。受賞作と佳作が五大文芸誌に準ずる『小説トリッパー』に掲載されるのも周知の点で大きい。
先日発売された同誌春季号にて、第10回林芙美子文学賞の発表があった。受賞作、佳作ともなかなか面白かったので今回はこの2作を見ていくことにしたい。
個人的に興味を引かれた佳作の鈴木結生「人にはどれほどの本がいるか」から。
文学と書物に耽溺し文学者を志しながらも家業の高級旅館を継ぎ経営者となって勤め上げ、その傍ら(当人のアイデンティティとしてはこちらこそが本業の)在野の文化理論家・素人作家として活動し78歳で没した唐蔵餅之絵が主人公。
餅之絵は増改築を繰り返した離れを「垢手見舎」と呼び書庫にして数万冊を溜め込んでいた。いわば終活として蔵書の整理に取り掛かり、助手の募集広告をネットに出したところ、打てば響くような書物愛と知識を持った、芦屋具備という奇妙な名の19歳の少女がやってきて―という趣向の、昨今珍しいビブリオマニアックな一篇。餅之絵が打った広告の文面がカネッティ『眩暈』のパロディであることを見抜いた具備がさらりと「私、テレーゼのようにはならないので」と言ってのけるくだりなど、書痴の琴線をじゃらじゃら掻き鳴らしそうだ(テレーゼは、書物に人生を捧げる『眩暈』の主人公を破滅させる無知な家政婦の名前)。
本作のタイトルも、トルストイ「人にはどれほどの土地がいるか」のパロディになっている。驚いたことに作者は2001年生まれだそうだが、博覧強記の印象よりとぼけた味わいが勝る点も良かった。
受賞作は、大原鉄平「森は盗む」。こちらも昨今珍しい、徹底して地に足を着けて、普通の人々の生活や人生や関わりを描いたリアリズム小説である。そのためとても地味なのだが、丁寧に読む読者にこそ響くタイプの作品であろう。