『戦後政治と温泉』
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重要な決定は温泉地で!? 戦後政治史の〈盲点〉を可視化
[レビュアー] 稲泉連(ノンフィクションライター)
かつて日本の歴代の首相は、東京から離れた地で重要な決断について考えることが多かった。政治家の別荘が点在する軽井沢は、そんな「政治空間」があった場所として知られている。そして戦後の一時期、その「政治空間」が箱根などの温泉地にも集中した時期があったという。
著者は政治家や官僚の日記、回想録、新聞等の資料を読み解き、実際に現地にも足を運ぶことで、彼らが温泉地の「空間」をどう利用したかを分析。戦後政治史の〈盲点〉を浮かび上がらせることを試みる。
例えば、大磯に邸宅を持っていた吉田茂。彼は首相在任中に箱根の温泉旅館や小涌谷の「三井別邸」に滞在し、1951年のサンフランシスコ講和会議、53年の抜き打ち解散といった重要な決定の前の時間を過ごした。
あるいは、軽井沢と関わりの深い鳩山一郎もそうだ。公職追放が解かれる直前に脳溢血で倒れた鳩山は、政界への復帰前の療養の時間を伊豆や芦ノ湖畔の温泉地で過ごした。首相在任時もソ連との国交回復後、すぐさま箱根に行き、河野一郎や大野伴睦を招いて会談した。
吉田茂以来、石橋湛山、岸信介、池田勇人といった保守政治家は、引き続き伊豆や箱根にしばしば滞在。風光明媚な温泉地だからこそ、弾む話もあったことだろう。首相に会うために有力な政治家や官僚が通う温泉地は、そのように「権力」の源泉たる「奥の院」となったのである。
〈敗戦という未曽有の危機を、東京からしばし離れ、箱根や伊豆の各地に沸々と湧く温泉の力を借りながら乗り越えた戦後保守政権の歴史に、いまの政治から見失われたものがあるのではないか〉と著者は問う。
静かに湯に浸かり、体調を整えながら重要な政略を練る政治家たち。本書に描かれる保守政治家たちのそんな姿は興味深く、戦後政治史の見方の幅を確かに広げてくれる。