超進学校・開成の元校長が中高生に「一度は手に取って」と語る一冊とは? 中高一貫教育への持論も明かす

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メンタル脳

『メンタル脳』

著者
アンデシュ・ハンセン [著]/マッツ・ヴェンブラード [著]/久山葉子 [訳]
出版社
新潮社
ISBN
9784106110245
発売日
2024/01/17
価格
1,100円(税込)

超進学校・開成の元校長が中高生に「一度は手に取って」と語る一冊とは? 中高一貫教育への持論も明かす

[レビュアー] 柳沢幸雄(工学博士。東京大学名誉教授。開成中学・高校元校長。北鎌倉女子学園学園長)

■12~18歳の不安定な時期に「脳科学」の観点から説明

 私はかれこれ40年以上、10代も含めて教育全般に携わってきましたが、教育は6年刻みで考えればよいのではないかと思っています。
 6歳までが幼児教育です。生活の大部分が親なしでは成り立たず、食事から排便に到るまで世話される段階から、徐々に成長していく。親の後追いをしたり、親が不在だと不安で泣き出したりする状態から、食事でも着替えでもひとりでできるようになることが到達目標になります。
 次の6年、12歳までが初等教育です。それまではほぼ「自分と親」だけであった人との関係性が、学校という場で変わります。親という存在に加えて、「友達とうまく遊べるか」、「先生に馴染むことができるか」という要素が重要になり、あるいは「時間割」というものに端的に表れていますが、時間通り行動できるかということが問われてきます。それでもまだ「親元に戻れば安心」という時期です。
 その後18歳までが中等教育、さらにそれ以降が高等教育ということになるわけですが、高等教育では基本的に、その後の職業選択に関わってくる事柄を学びます。専門性が出て来て、いわば大人への道筋に直結しますが、中等教育はその前の段階です。

 発達心理学ではこの時期に自己同一性、アイデンティティを獲得してゆくと言われます。アメリカの発達心理学者エリク・H・エリクソンが提唱した概念です。自己認識をする、つまり、「私とはいったい何者か」「本当の自分とは」ということを考える時期です。
 それまでは親との一体感が子供にとって最も重要だったのが、今度は親から分離する過程になるわけです。不安定になりますし、場合によっては親を否定することで自己を確立してゆくことになる。これがいわゆる反抗期で、ここでうまく自己を確立できないと上手に大人になれないということになります。
 教育の目的はさまざまあるでしょうが、動物も人間もすべての生き物に共通する願いは、親から自立して、「自分で食っていけるようになる」ということがあると思っています。
 そういう意味で、葛藤し、不安定になりながらも、自分の存在というものを考え、自己を獲得していくこの中等教育の6年間というのは非常に重要だと思っています。
 そうした時期に「なぜ自分は生きているのか」「どうして不安になってしまうのか」といったことまで脳科学の観点から、わかりやすく説明してくれる本書は、彼らにとって救いになることもあるでしょう。中高生に一度は手に取ってもらいたい本だと思います。

■中高一貫教育の6年間を2年ごとに見ていくと…

 この6年間、という時期について付け加えますと、私は中高一貫教育には一理あると思っています。彼らは「子供」とも「大人」とも言い切れぬ6年を過ごすわけですが、最初の2年は「自分とは何者か」を知ってゆくことに彼らの関心の焦点はあるように思います。ですからこの時期に仲が良くなった子とは生涯付き合いが続くことが多い。
 次の真ん中の2年は、同じ友人関係の下でそれこそ自分探しの時期です。性的な成熟も進みおぼろげながらではあれ、自分が将来何になりたいか、どんなことならできるかを考える時期です。高校受験がなければゲームでもプラモデルでも好きなことをやる中で、「これならやってみたい」「これならできる」といったことを見つけてゆく時期です。ですから「勉強しろ」と言ったところで無駄です。好きなことやらせればいいと私は思います。
 最後の2年間は、そうやって好きなことを模索した結果として、具体性が見えてくる時期です。見えてくればスイッチが入ります。やりたいことをやれるポジションを得るためにはどうすべきか、その時期に入ってようやく考えるところに辿り着く。競争心が生まれる。競争心が生まれれば自然にがんばるようになるのだと私は思います。

 今の時代はスマホやSNSやさまざまに新しいものに溢れているように見えますし、本書でも現代ならではのさまざまな危険に対する警告がなされています。しかし技術が変化し、平均寿命も延びても、成長段階での成長のスピードは遥か古代から変わっていません。100年以上前に出版されたヘルマンヘッセの『デミアン』を読めば青年期の心象風景は変わらないものだと確認できるでしょう。
『メンタル脳』は、そうした若者たちの「変わらぬ葛藤」に寄り添った一冊だと言えます。若者たちにこの本を手に取ってもらい、自分一人が葛藤しているのではないことを知ってもらいたいと思います。

新潮社
2024年2月12日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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