異星からの遺伝子が、すべてを食い尽くす。 邪悪を極めた第3作品集!――『肉食屋敷』小林泰三 文庫巻末解説【解説:田中啓文】

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肉食屋敷

『肉食屋敷』

著者
小林 泰三 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041137734
発売日
2023/12/22
価格
748円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

異星からの遺伝子が、すべてを食い尽くす。 邪悪を極めた第3作品集!――『肉食屋敷』小林泰三 文庫巻末解説【解説:田中啓文】

[レビュアー] カドブン

■異常な湿気の森に佇む、増改築を繰り返したまるで怪物のような屋敷――
『肉食屋敷』小林泰三

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

異星からの遺伝子が、すべてを食い尽くす。 邪悪を極めた第3作品集!――『肉...
異星からの遺伝子が、すべてを食い尽くす。 邪悪を極めた第3作品集!――『肉…

■『肉食屋敷』文庫巻末解説

■小林泰三は、ぐふふふ……と笑う

解説
田中 啓文(作家)

 某SF誌(といっても一誌しかないが)への小林泰三の寄稿によると、彼を作家にしたのはフィリップ・K・ディックであるという。「そう。僕のデビュー作『玩具修理者』はディックから生まれたのである」と彼ははっきりそう書いている。だが、私は別の話を聞いた。
 元来、小林泰三は小説家になる気などかけらもなく、堅実な会社員として幸せな一生をおくるつもりだった。そんな彼が作家などというザーヤクな仕事に手を染めることになったのは、奥さまのせいであるという。もともとホラー大賞には奥さまが応募するはずだったのだ。
 私「奥さんはそれまで小説とか書いたことあるの?」
 小林氏「まったく」
 締め切り三日前、小林泰三が奥さまに「もうできあがったか」ときくと、一枚も書けていないとの返事。「案は思いついたのか」ときくと、それもまだである、という。だったら、今回はあきらめるしかないな、と言うと、いや、一つだけ手だてがある。あなたが書けばいいのだ。小林泰三は、なるほどと頷いて、瞬時にして一編の短編をものにした。これが「玩具修理者」であり、同作は審査員の絶賛を浴びて、第二回日本ホラー小説大賞短編賞を受賞した。ディックではなく、奥さまが、作家・小林泰三を生み出したわけである。
 この話の出所は、あの邪悪な(これはもちろん褒め言葉です)小林氏本人であるので、真実かどうか私には判断できないが、もし本当だとしたら、これはどえらいことである。普通、作家の文章というものは、こつこつ習作を書き続けるという修行時代を経て、少しずつ上達していき、何とか人前に出せるものになるわけだが、彼のあの邪悪な(これはもちろん褒め言葉です)文体は、そういった過程を経ずしていきなり完成していたのである。「文章には作者の人格が深く投影される」とはまさにこのことではないか。
 さて、私が、小林泰三がすごいと思うのは、彼が「二足の草鞋」の人だからである。会社員と作家の、という意味ではない。ハードSFとホラーの、である。
 彼はSF専門誌(といっても一誌しかないが)には、一般人が逆立ちしてもわからないような難解な、最先端の科学知識をもとにした、マニアックなSFを書く。また、SF作家の集まりでも、「シュレディンガーの猫」がどうしたとか「ラグランジュ点」がどうしたとか「何とかの何とか軌道が何とか」とか、同業者である私すら理解できないような科学の話を滔々と語ってやまない。つまり、かなりハードコアのSF者なのである。ところが、一般文芸誌やアンソロジーなどに書くとき、彼の作風は一変する。日常の些細なできごとからはじまり、それが変容し、ついには自分自身の存在が信じられなくなり、現実と虚構の別がなくなっていく……というような、誰もが共感でき、恐怖と戦慄を覚える物語を書くのである。そこには、彼が日頃好んで口にする先端科学はまるで登場しないか、もしくは形を変えてどこかに忍び込ませてある。要するに彼は真のエンターティナーであり、小林泰三がカルトな作家ではなく、広く一般の支持を受けている理由はそこにあると思う。そのことは、私がくどくど言わなくても、この短編集に収録されている各編を読めば明らかである。
 しかし、SFファンも彼の作品を熱く支持する。毎年SF大会で選ばれる星雲賞の候補には毎年のようになっているし、某SF誌(といっても一誌しかないが)の読者投票ではベスト5中、2編を彼の作品が占めていたりする。広範囲な読者を獲得する一方で、コアなマニアもうなずかしめる。これは、作家として理想の姿ではないだろうか。それを易々とやっているのが小林泰三なのである。努力してできることではなく、彼のもともと持っている作家としての資質ゆえなのだ。
 こういう作家が某メーカーに勤める会社員でもあるという事実は、専業作家である私をおののかせる。どう考えても私よりも「売れる作家」になる素質があるのに、どうして兼業なのだろうか。私は、ホラー作家の牧野修氏とともに、何度となく、小林氏に、専業作家になって「関西貧乏作家同盟」に加入せよと迫ったが、彼は首を縦に振らないのである(ちなみに、「関西貧乏作家同盟」の会員は、私と牧野氏の二人である)。
 私は、小林氏に言いたい。もっと小説を書け、と。それも、ホラー長編を私は待ってるぞ。あの「玩具修理者」を瞬時にして書き上げる力があれば、長編の二冊や三冊、すぐに書けるはずである。私の魂の叫びが聞こえたら(というか、この文章を読んだら)、長編を書き始めてくれっ。
 最後に、収録されている作品について手短に述べよう。
「肉食屋敷」は、某SF専門誌(といっても一誌しかないが。え、しつこいですか)の怪獣SF特集に掲載されたものである。掲載時は「脈打つ壁」というタイトルだったが、この短編集の表題作にするにあたって、改題された。小林氏は電話で私に、短編集のタイトルが「肉食屋敷」になると教えたあと、
「担当さんが電話してきて、いいタイトルを思いついたんですよ、『ジュラシック屋敷』というのはどうですか、というので、まあ、それよりはこのほうがいいかな、と」
「『肉食屋敷』ですか。すると、『草食屋敷』もあるわけですね」
「そうです。『草食屋敷』のほうはセルロースを分解するために腸が長いけど、『肉食屋敷』は腸が短い。そのかわり、便が臭い」
「『草食屋敷』だから温和な性格だと思って入ってみたら、実は『雑食屋敷』で、食われてしまうとかね」
「それでね、ぐふふふ、『肉食女子高生』というのも考えたんですよ」
「ほほう。すると、『草食女子高生』もいるわけですね」
「そうです。『草食女子高生』は腸が長いけど、『肉食女子高生』は便が臭いとか」
「『草食女子高生』だから温和な性格だと思って近づいたら、実は『雑食女子高生』で食われてしまう」
「でも、考えてみたら、女子高生ってたいがい雑食ですわね」
「女子高生に限らず、人間はたいがいそうでしょ」
「それでね、ぐふふふ、実はね、『肉食女子高生』、ほんとに書いたんです」
「え? まじですか」
「はい。ぐふふふふ」
 ちなみに「肉食女子高生」は没になったそうである。
 このやりとりはその翌日、京都で行われた某SFフェスティバルの座談会の席上、ほとんどそのまま再現された。
 ありゃ。手短に、と書いたのに、「肉食屋敷」でえらく枚数を費やしてしまったが、表題作だからまあいいだろう。あとは、ほんとに手短に。
「ジャンク」は、「生ける屍」、つまり、ゾンビがテーマであるが、西部劇と組み合わせたところがさすがである。人造馬の気色悪い描写がすばらしい。実は、この作品が『異形コレクション・屍者の行進』に掲載されたとき、一読した私はひっくり返った。というのは、私も、ゾンビを扱った西部劇を構想中だったのである。しまった! 先を越された! と私は天を仰いで叫び、しばらくは書けないな、と嘆息しつつ、まあ、ほとぼりがさめたら、こそっと書いてしまおう、と思ったのだが、ほとぼりがさめるどころか、同作品はすぐに『肉食屋敷』に収録され、人口に膾炙した。もう少し待とう、と思っていると、こうやってそれが文庫化され、もっと人口に膾炙してしまった。もう、あきらめるより他はなさそうだ。
「妻への三通の告白」は、ラブストーリーである。小林泰三は、愛の物語すらもこのようないびつな形でしか書けないのだ。不幸な男!
「獣の記憶」は、本格ミステリである。小林泰三の本格ミステリには、他に、彼の唯一の長編「密室・殺人」があるが、どちらもまっとうではない、実に異常なひねりかたをしてある。どのように異常かは、読んでいただくしかないが、この作品の根底に流れる「変態的茶目っ気」とでもいうべきものは、アンソロジー『憑き者』(アスペクト)に収録されている「家に棲むもの」と共通するところがある。おそらく関西人のほとんどが、ラストで突っ込みを入れているにちがいない。「そんなあほな!」と。まあ、これだけ書くだけでも若干ネタばれ気味ではあるな。未読の読者は、解説を読むのは後回しにしていただきたい……ってもう遅いか。
 以上、収録作四作品を久しぶりに読み返したが、どれも極上のエンタテインメントである。その読後感はたしかにディックの作品から感じるものと酷似している。だが、ディック作品とちがうのは、何を読んでも、その背後で、「どうです、変でしょう。びっくりしたでしょう。まさかこうなるとは思わなかったでしょう。ぐふふふふ……」とほくそえむ小林泰三の姿が微かに透けて見えるというところであろうか。だいいち、ディックは、ぐふふふ……とは笑うまい。
 しかし。どうして我々は、こんな嫌なやつばっかりでてくる、不安や不信を募らすような、気持ち悪い描写がこれでもかこれでもかと続く小説を、わざわざ読みたがるのであろうか。
 不思議だ……。

※この解説は、二〇〇〇年九月に小社より刊行した文庫に収録されたものです。

KADOKAWA カドブン
2024年01月08日 公開 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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