ヒグマなど害獣駆除の賛否と価値観の線引を考える “動物と人間の関係”を河﨑秋子と安島薮太が語る

対談・鼎談

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ともぐい

『ともぐい』

著者
河﨑 秋子 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103553410
発売日
2023/11/20
価格
1,925円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

クマ撃ちの女 12

『クマ撃ちの女 12』

著者
安島 薮太 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
芸術・生活/コミックス・劇画
ISBN
9784107726643
発売日
2023/11/09
価格
726円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

安島薮太×河﨑秋子・対談「動物、狩猟、そして炙り出される人間性」

[文] 新潮社


河﨑秋子さん

動物をどう殺すか、という問題

河﨑 安島先生は、どういった発想から『クマ撃ちの女』を描かれたのですか?

安島 いちばんベースにある考え方は、自然と人間の関係性を描きたいということでした。もともとは動物商、つまり動物を売る人間を主人公にしたマンガを描こうとしていたところから変遷があって、現在の形にたどり着きました。だからテーマ自体は最初から変わっていなくて、「人間は動物をどう扱うのか」みたいなものですね。

河﨑 私は明治から大正初期にかけての北海道の文献を読むのが好きで、そういったものを読んでいると、どうしても「熊の被害はセット」みたいなところがあるんです。いまよりも性能のよくない銃を使い、電気柵もないところで家畜を飼い、どうやって生き抜いてきたのか。人間がどのように動物に相対してきたのかに興味を持っていまして、それで14年前に熊に関する小説を書きはじめたんです。「人間は動物をどう扱うのか」というテーマは、どこから着想を得たのですか?

安島 いま学校教育では、動物の命の大事さや平等を道徳として教えますよね。しかし、親戚の家が肉屋を営んでいたのですが、そこでは害になるネズミとかをバンバン殺していたわけです。割と雑に。そういったものを幼少時から目の当たりにして、「あちらとこちらで言っていることには齟齬があるな」と。その矛盾について考え続けていたんです。幼少期の体験というのは大きいかもしれません。

河﨑 私の場合、子牛が生まれたときに、両親から「名前をつけるんじゃない」と厳しく言われました。真っ白な子が生まれると、やっぱり「シロ」と名付けたくなるじゃないですか(笑)。でも、雄であればすぐ肉になるし、雌として10年近く乳を出してもらったとしても、最後は必ず肉になるんです。

安島 ああ、やっぱり名前をつけると愛着が湧いちゃいますよね。

河﨑 結局は、人の食べるためのものをアウトソーシングし、生き物の命を奪うために育てているというのが本質だと思うんですよね。ただ、人間が動物にどういう感情を抱くか、そこに人間性が炙り出されると思います。

安島 本当にそうだと思いますね。

河﨑 『クマ撃ちの女』は、猟師さんの癖の強さがそれぞれ描き分けられている点がすごいですね。同じ猟師であっても、キャラクターによって動物の扱い方がそれぞれ違う。どう扱い、どう殺すか。つまり「動物の殺し方」ですよね。目を逸らさずにそこを描かれているのが素晴らしいです。

安島 ありがとうございます。『ともぐい』を読んだときには、河﨑先生も同じことをやろうとしているように感じられて、それで嬉しかったんです。


『クマ撃ちの女』(第6巻収録第43話)より

河﨑 現代では、まったく狩猟に触れなくても生きていくことは可能じゃないですか。実際に狩猟免許や銃砲所持許可を取得するには、手続きや審査のハードルがすごく高い。それでも、あえて野生動物を狩猟することに意味があるとしたら、どういったものなのか。『クマ撃ちの女』では、それが物語の芯に通底していて、まさに現代日本で狩猟をする意味がすごく如実に描かれています。しかもそれが主人公の視点だけではなく、いろいろとあり、ときに衝突もしますよね。『クマ撃ちの女』ですごくリアルだなと思ったのが、主人公チアキの狩猟犬が熊に怪我を負わされて、動物病院に担ぎ込む回です(第6巻収録第43話)。

安島 獣医師が「治っても狩猟は無理かもしれません」「安楽死…させますか?」と問いかける回ですね。

河﨑 手術が成功して狩猟犬が一命をとりとめたときに、チアキが「またクマが撃てますぅ!」と言うんですけど、それに対して獣医師が「……連れて行くのは構いませんけどね 本当に気をつけてあげてください」と冷静に注意する。回復した狩猟犬を再び狩猟に連れていくかどうかチアキがひとりで内省的に思い悩むのを描くのは簡単ですけど、第三者がちゃんとその立場にふさわしいことを言って、きちんと釘を刺してくれているんですよね。

安島 いまの社会では、動物をものとして扱ってはいけない風潮があるじゃないですか。でも、使役動物として扱う側面もあるので、その両面を見せたい、という気持ちがあるんです。世間一般では、犬は愛玩動物として扱われますけど、狩猟犬は使役動物ですから、同じ動物なのにその違いを端的に出せますよね。

河﨑 私は1年間ニュージーランドに行って、住み込みで牧羊を教えてもらったことがあるんですけど、牧羊犬というのは、狩猟本能に蓋をして牧羊をさせるんですよ。新しく子犬を引き取ってきたときには、やっぱり子犬だから可愛がりたくなるんですけど、「やめなさい」と言われました。牧羊犬にするために褒めることは大事だけど、必要以上に可愛がると牧羊犬としての働きができなくなってしまう。そうなると「お前が自分で撃ち殺すことになるんだよ」と諭されました。

安島 ペットとして甘やかしすぎて番犬が務まらない、なんて話はよく聞きますよね。

河﨑 使役犬としての犬は、その目的のために適切に使わないと、結局は役に立たないものとして、その個体を殺さなきゃいけなくなるんです。

安島 その一方で、「可愛いだけ」というのも役割なんだな、とも思うんです。最近、実家がペットとして犬を可愛がっているんですけど、そばにいるだけで人間の役に立っている。これだけ人間に懐く動物も珍しいですよね。

河﨑 そうした命に対する異なった価値観が、先ほどあげたシーンの、たった2コマの中に凝縮されているところが素晴らしいんです。

安島薮太(漫画家)/河﨑秋子(作家)/構成・加山竜司/撮影・曽根香住

新潮社 波
2024年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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