殺し屋を看取った日から、少女の周りで何かが動き出す。傑作長編ミステリ。――『殺し屋志願』赤川次郎 文庫巻末解説【解説:新津きよみ】

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殺し屋志願

『殺し屋志願』

著者
赤川 次郎 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041138700
発売日
2023/12/22
価格
858円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

殺し屋を看取った日から、少女の周りで何かが動き出す。傑作長編ミステリ。――『殺し屋志願』赤川次郎 文庫巻末解説【解説:新津きよみ】

[レビュアー] カドブン

■2人の少女の不思議な友情と秘密を鋭く描き切る、傑作長編ミステリ。
『殺し屋志願』赤川次郎

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

殺し屋を看取った日から、少女の周りで何かが動き出す。傑作長編ミステリ。――...
殺し屋を看取った日から、少女の周りで何かが動き出す。傑作長編ミステリ。――…

■『殺し屋志願』文庫巻末解説

解説
新津きよみ(作家)  

 一九七六年に「幽霊列車」でオール讀物推理小説新人賞を受賞してデビューしてから四十七年。赤川次郎さんは、いまも精力的に作品を生み出し続けている。
 正確な数はわからないが(たぶん、ご本人も把握されていないかもしれない)、著書はオリジナルだけで六百冊以上あるはずだ。その圧倒的なパワーのもとがどこにあるのか、わたし自身小説を書き続けながら考え続けている。
 赤川さんの作品が長く読み継がれている理由には、容易に思いあたる。リズミカルで軽快な文章、ウィットに富んだいきいきとした会話、どこを切り取っても映像的な場面、エンタテインメントを追求しながらも社会風刺を忘れない真摯な姿勢。赤川さんの小説には、時代と世代を超えて愛される普遍的な魅力がたっぷり詰まっているのである。
 たとえば、本書『殺し屋志願』に登場する新谷みゆきは、十七歳の高校生だが、読み始めるなりすぐに、前期高齢者の年齢に達したわたしを物語の世界に引きずり込み、彼女の心情に共振させてしまった。
 物語は朝の通勤通学電車から始まる。満員電車の中で、みゆきは一人のサラリーマン風の男と向かい合って立つ形になる。短い会話を交わしたのちに、みゆきは男の顔色が悪いのに気づく。体調を気遣う言葉をかけるが、男は笑顔を作って、次の駅で降りようとする。ところが、男はホームに降りるなり、よろけて膝をついてしまう。みゆきは思わず電車を降りて、駆け寄る。冒頭の場面で、みゆきの親切な人柄が伝わってくる。男は何者かに背中を刺されたのである。そして、みゆきの隣で死へと向かいつつあった……。
 ショッキングな導入部から始まる物語は、予想外の展開を見せる。みゆきの隣で息を引き取った男──鳴海の職業が「殺し屋」だと明かされ、さらには、自分の行動を縛りつける母親を疎ましく思っているみゆきの前に、「殺したら?」と、殺人を唆す言葉をつぶやく少女──田所佐知子が現れる。
 佐知子の出現によって、みゆきの中のぼんやりしていた殺意が次第に輪郭をくっきりさせて、膨れ上がっていく過程が怖い。そして、佐知子もまた「殺し屋」に殺してほしい相手──父親の再婚相手がいたのである。いや、そればかりか、佐知子の周辺にもまた殺意を内に秘めた人間がいた……。
 現在から過去へ、過去から現在へ、時間軸を自由自在に操る巧みな構成、読者に映像をパッと思い浮かべさせる描写の妙、複雑に入り組んだ人間関係を構築する力。それらは、職人技としか言いようがない。
 読者はきっと、自分の中にも小さな殺意が潜んでいることに気づかされるにちがいない。そして、誰かに抱いた殺意が、鋭い刃となって自分の胸へと返ってくることにも。一生のうちで一度も殺意を抱かない人間などいないのではないか。自分でも気づかぬうちに誰かに殺意を抱かれている可能性もある。読みながら、そんな恐ろしい考えが脳裏をよぎってしまった。
 殺し屋である鳴海と、彼の死を見届けたみゆきと、鳴海の正体に気づき、彼を利用しようとする佐知子。その佐知子は鋼のように固い意志を持っている。三者の緊張感溢れる関係性と、二人の少女の奇妙な友情と、「殺し屋」鳴海の孤高な生き方が、物語全体に格調高いハードボイルドの風合いを与えている。
 赤川さんは、デビューから四十七年たったいまも精力的に作品を生み出し続けている、と最初に書いたが、実に多くのシリーズ及びシリーズキャラクターを世に送り出してきた。三毛猫ホームズシリーズ、三姉妹探偵団シリーズ、吸血鬼シリーズ、幽霊シリーズ等……。
 中でも、一つずつ年齢を重ねて毎年刊行される杉原爽香シリーズは、わたしにとって特別に思い入れのあるシリーズである。なぜなら、シリーズ一作目の『若草色のポシェット 杉原爽香15歳の秋』が刊行されたのが、わたしが作家デビューした一九八八年だったからだ。
 十五歳で作品に初登場した爽香は、一冊ごとに年齢を重ねていき、今年九月に刊行された『向日葵色のフリーウェイ 杉原爽香50歳の夏』でめでたく五十歳を迎えた。読者も同時に年をとっていくわけで、赤川さんは、爽香の成長を温かく見守りながら物語も楽しめる喜びを味わわせてくれた。爽香は、物語の中で結婚し、出産している。女性読者にとっては、自分の分身のような存在かもしれない。
 そして、赤川さんは、わたしが作家を目指すきっかけとなった人物でもあるのだ。
 大学を卒業して入った小さな旅行会社で、理想と現実のギャップに悶々としていたときに、中央線沿線の街の書店で出会ったのが、赤川さんの本だった。当時つけていた日記には、読んだ順に書名を記してある。『ハムレットは行方不明』『赤いこうもり傘』『幽霊列車』『マリオネットの罠』『死者の学園祭』『三毛猫ホームズの推理』『ひまつぶしの殺人』『死者は空中を歩く』『招かれた女』『駈け落ちは死体とともに』『血とバラ 懐しの名画ミステリー』『上役のいない月曜日』『さびしがり屋の死体』……。
 現在「山村正夫記念小説講座」名で開講されている小説講座の前身を受講するきっかけとなったのも、赤川さんだった。
 都内の雑居ビルで偶然見かけた「受講生募集」のポスターに、「ゲスト講師赤川次郎氏」と書かれていたのである。迷わずその場で一年間の受講料を払い込んだ。そして、小説講座の受講生となり、なぜか習作らしきものを書くはめになり、運にも助けられて、一九八八年に作家デビューに至ったわけである。ちなみに、売れっ子ベストセラー作家になっていた赤川さんは、超多忙のため教室に顔を見せることはなかった。
 小説家になるきっかけを作ってくれた憧れの赤川さんと、同じ業界で仕事ができていることがいまだに信じられないわたしである。体力や気力の衰えを感じながらも、大先輩の赤川さんを見習って書き続けなければ、と奮起している。
 赤川さんの衰えない筆力、書き続けるパワーがどこからくるのか……。それを研究し続けることがわたしの課題かもしれない。

KADOKAWA カドブン
2023年12月27日 公開 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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