哀しいヒロインの復讐劇を描く壮絶シリーズ、慟哭の第三弾!――『JK III』松岡圭祐 文庫巻末解説【解説:西上心太】

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JK III

『JK III』

著者
松岡 圭祐 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041145630
発売日
2023/12/22
価格
770円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

哀しいヒロインの復讐劇を描く壮絶シリーズ、慟哭の第三弾!――『JK III』松岡圭祐 文庫巻末解説【解説:西上心太】

[レビュアー] カドブン

■TBS「THE TIME,」で話題の、青春バイオレンス文学!
『JK III』 松岡圭祐

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

哀しいヒロインの復讐劇を描く壮絶シリーズ、慟哭の第三弾!――『JK III...
哀しいヒロインの復讐劇を描く壮絶シリーズ、慟哭の第三弾!――『JK III…

■『JK III』文庫巻末解説

解説
西上 心太(書評家)

〈ゴミは……土に還ってよ〉

 凄絶で過剰な暴力に彩られた、ヴァイオレンス・アクション。それがこのJKシリーズである。だがいかなる敵にも立ち向かい、勝利をおさめる彼女の心の裡には、深い悲しみが宿っているように思えてならない。
 主人公は女子高校生。タイトルの「JK」は、彼女が信奉するジョアキム・カランブー(Joachim Karembeu)なる人物の頭文字から取ったようだが、もちろん〈女子高生〉を意味する日本のネットスラングもほのめかしているのだろう。

 *注意! 本文より先に解説を見る方も多いと思うが、本文およびこの解説には、これまでの二作品の真相に触れている箇所があるので、できれば第一作『JK』、第二作『JK Ⅱ』をお読みになってから、この先に進んでいただきたい。

 有坂紗奈は川崎市の公立校に通う十六歳の高校一年生。吹奏楽部とダンスサークルに所属している、活発で正義感の強い性格の持ち主だ。成績も優秀で、特にK‐POPグループのダンスに熱中している。共働きだった母親が体調を崩して退職。家計を助けるために、介護施設とコンビニでアルバイトを掛け持ちするヤングケアラーでもある。ところが同じ学校の不良グループが集まる工場跡地の近くを両親と通りかかったところ、因縁を付けられた末に襲われる。狂犬同様の集団による暴力はエスカレートし、両親は惨殺され紗奈は次々と不良たちにレイプされ、彼らから尻拭いを頼まれたヤクザは、三人を逗子の山林に運び、虫の息だった紗奈もろとも車ごと燃やしてしまうのだ。
 警察は決定的な証拠をつかめず、不良グループは野放しのままだった。だがしばらくして江崎瑛里華という高校一年生の少女が不良グループの前に現れる(『JK』)。
 江崎瑛里華はK‐POPダンスの映像を次々とユーチューブにアップし、多くのファンをつかみ収入を得ていた。多摩川の河川敷で撮影していた瑛里華に、紗奈一家を殺した不良グループと繫がる衡田組のヤクザが襲いかかる。返り討ちにした瑛里華は、ヤクザの持ち物の中にあったメモに注目する(『JK Ⅱ』)。

 死者となった紗奈と入れ替わるように登場した瑛里華が、紗奈一家を殺した不良グループと、死体遺棄に関わったヤクザたちを始末する『JK』。
 麻薬取引に失敗したヤクザたちが制服警官を殺した末、多くの人質と供に渋谷109に立て籠もる。二つの組織のヤクザたちに、人質の中に紛れ込んでいた瑛里華が対峙する『JK Ⅱ』。これが本作までの流れである。
 これまでの二作には、あっと驚くミステリー的な仕掛けがあった。『JK』のそれは紗奈の死と、瑛里華が誕生するまでの経緯である。瑛里華は大の男であろうとも、その人体を破壊する凄まじい体技を会得しており、殺戮をくり返しても決してぶれない精神力を有している。いかにして紗奈に代わり、瑛里華というターミネーターのような女性が登場したのか。その謎が物語の終盤近くになって明かされるのだ。そう、瑛里華は変身を遂げた紗奈だったのだ。
 ええっ! そうだったのかよ!
 と、噓ではなく心底驚いたことをここに告白しておく。紗奈=瑛里華が体技と精神力を培ったのは、沖縄にある冨米野島という島で過ごした日々であった。そこで何が起きたのか、その過程も詳細に描かれている。そのため十六歳の女性がなぜこんなに強いのか、という疑問を払拭できる小説内リアリティが担保されている。
『JK Ⅱ』では、犯罪現場の遺留物をめぐる問題が浮上する。『JK』では大雨の中での襲撃だったため、遺留物がすべて流れてしまっていた。だが渋谷109では人質の安全を考えながら、拳銃や刃物を持った多数のヤクザとの闘いを強いられたため、指紋やDNAを残さずに行動することは不可能だったのだ。紗奈は冨米野島での戦利品によって、現在は十九歳の遠藤恵令奈という人物に成り代わっていた。瑛里華は紗奈ではないかと疑う刑事が遠藤恵令奈名義で借りているマンションに現れ、DNA採取を要求するのだ。だがそのデータが紗奈のデータとまったく違っていることが、警察の鑑識だけでなく、第三者の専門機関によっても証明される。
 その真相がわかった時、再び同じ言葉を叫んでしまった。その伏線もきちんと張られていたではないか!
 紗奈の側には、もぐりの医師によって同じ顔に整形された飯島千鶴という、十五歳の少女がいたのだ。紗奈の身代わりになって千鶴が検体を提供したため、109でヤクザを殺した人物が紗奈ではないこと、さらに遠藤恵令奈にアリバイがあることが証明されたのだ。
 だが千鶴は紗奈にとって弱い鎖となってしまう。それが本書のストーリーを動かしていく。
 紗奈は千鶴に遠藤恵令奈の身分と住まいを譲り、新たな身分となって大阪に移り住む。だが千鶴には紗奈のような肉体はもちろん強い精神力はなかった。孤独に苛まれ、夜の街に出た千鶴はダンス好きの男女と知りあう。彼らは千鶴を瑛里華だと思い込み、後日別の店に連れて行くが、偽者とばれてしまい、その場にいた半グレたちに性的暴行を受けた後に殺され遺体を焼却されてしまう。それを知った紗奈の凄絶な復讐を描いたのが本書なのだ。
 冨米野島から一度は救った千鶴が、自分と同じ顔をしていたことが原因で命を失ってしまう。紗奈は千鶴が生きていく手助けをしたつもりでも、実はアリバイ作りなどで体よく使っていたのではないかという後悔に苛まれる。本書の魅力の一つは、紗奈の名を捨ててからあまり描かれなかった、彼女の内面に筆が割かれているところにあるだろう。
 第二の魅力は紗奈にハンデを負わせたことである。これまでの紗奈はゲームの無敵モードのように、完璧な心身でワルたちと闘っていた。だが今回はある男との対決で重傷を負ってしまう。その状態でクライマックスの決戦に挑むのだ。しかも今度は不良高校生や半グレ、下っ端ヤクザではなく、正真正銘の武闘派を率いるヤクザ一家が相手なのだ。

「ゴミは」紗奈はつぶやいた。「土に還ってよ」

 この言葉を放ち、紗奈は最後の闘いに挑む。
 そして……。
「死人は逮捕できない」という言葉を残して紗奈は刑事の前から姿を消す。含みのあるラストシーンだ。このシリーズはこの三部作で終わりなのだろうか。もう彼女には会えないのだろうか。
 いや、不可能を可能にする作家。それが松岡圭祐だ。いつの日か第二シーズンが幕を開けるのかも知れない。そしてファンならば誰もが思いつく、もう一つのシリーズとの合流もあるのではないか。遠からぬ将来、きっとその答えが出ることだろう。
 悲しみを秘めた殺戮少女、江崎瑛里華こと有坂紗奈。彼女の凄絶な人生が体感できるシリーズをお楽しみ下さい。

KADOKAWA カドブン
2023年12月26日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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