「わかってるなお前…」遅刻して高座でいじり倒された蝶花楼桃花が語った“落語の世界”

対談・鼎談

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今日も寄席に行きたくなって

『今日も寄席に行きたくなって』

著者
南沢 奈央 [著]/黒田 硫黄 [イラスト]
出版社
新潮社
ジャンル
芸術・生活/諸芸・娯楽
ISBN
9784103553311
発売日
2023/11/01
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

南沢奈央×蝶花楼桃花・対談「ゴールのないこの世界で」(後編)

[文] 新潮社

寄席はみんなで「繋ぐ」もの


南沢奈央さん

桃花 そう言えば、つい先日、出番を間違えちゃって。

南沢 時間を勘違いしたんですか?

桃花 (春風亭)柳枝兄さんに「×日は俺、仕事あるから、すまないけど上がりを代わってくれる?」って頼まれてOKしたんです。私の出番は15時だったのを、兄さんと代わって12時上がりになった。それを寄席には伝えたのに、自分のメモに書くのを完全に忘れてしまって! 当日、家で落語のCDを聴きながらボーッとしてたら、前座さんから電話があって、「姉さん、どこですか? もう15分後ですよ」「ええええっ、待って待って、ウソーッ!」。もちろん間に合わない(笑)。落語家って、あまり早くに楽屋へ入らないから、「あれ来ないな」と思って電話をくれるのが割と直前なんですよ。

南沢 それはアワアワしますよね。高座はどうなりました?

桃花 どうにか辿り着いたんですけど、私の到着前に、他の演者さんたちが何人も高座に上がるたびに、「桃花が来ておりませんで代わりにわたくしが」「えー、まだ来ません」「いま電話がありました」とかネタにして、いじり倒してくれてたみたいで(笑)。だから私が上がって「申し訳ございません」って頭を下げただけで客席はドッと笑ってくれたからホッとしました(笑)。

南沢 お客さん側からすると、寄席ってハプニングも楽しみですもんね。

桃花 私が息も絶え絶えに楽屋へやっと辿り着いたら、(柳亭)市馬師匠が「わかってるなお前、短く降りてくるんじゃないよ」(笑)。

南沢 落語協会会長からプレッシャーが(笑)。

桃花 こっちは長く演る余裕もないけど、「すみませんでした、10分ぐらいは」って与太郎の小噺をいくつか演ってそそくさと降りてきたんです。そしたら次が市馬師匠で、高座に上がるなり「われわれの世界にもあんな粗忽者がおりますが」と言った次の瞬間、マクラも振らずに「ちょいとお前さん。まあ呑気だねえ、この人は」って、「粗忽の釘」にスッと入ったんです!

南沢 うわあ、かっこいい!

桃花 本当にかっこよかった。見事に私の遅刻が仕込みになってるんです。「やられた!」と思ったんですが、同時に、こういう連携があるから、やっぱり寄席ってすごいなあ、いいなあと。

南沢 落語は一人芸で、孤独な芸だと思っていましたが、意外とそんなことないですよね。寄席に行くと、演者さん同士のトリまで繋いでいこうという連帯感を感じます。団体芸ではないにせよ、みんなで一つの完成された流れを提供しようという意識がありますよね。高座に上がる時は一人でも、芸人同士の絆があるというか。

桃花 私もそのミスを犯してさらにそう感じました。

南沢 実感がこもってる(笑)。

桃花 高座の後、寄席の社長に謝りに行ったんですが、「めちゃくちゃ高座で謝ってましたねえ」って笑ってくれました。遅刻しても、それが笑いになれば許していただけるんですよ。お客さんからのクレームも「金返せ」も一切ない。そんな暖かい空気がこの時代に実在するんです。この暖かさ、すごくないですか?

南沢 本当にいい世界ですね。芝居の途中で「まだ南沢が来てなくて」となったら、絶対クレームが入る(笑)。

着付け/山口さくら ヘアメイク/高畑奈月 衣装協力/branch(以上、南沢氏) 撮影/青木登

新潮社 波
2023年12月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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