【直木賞受賞作】『ともぐい』新たな熊文学の誕生! 著者・河崎秋子と探検家が語る、狩猟と執筆に眠る人間の性とは

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ともぐい

『ともぐい』

著者
河﨑 秋子 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103553410
発売日
2023/11/20
価格
1,925円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

熊と人間、その狭間で

核を一つにできない人間の性

角幡 そもそも河崎さんは、どうして物語を書こうと思われるんですか。

河崎 作品を書くことは、私にとって井戸を掘るような感覚です。ここを深めようと心に決めて、昔の人の話や様々な取材を通じて得た知識を道具にして、地中深くまで掘っていく。そうして掘り出したものを人々に伝えて、その人の心の中を変えたい、という欲求があります。自分が生み出すのは文字情報でしかないけれど、それだけを使って、読んでいる人の脳みそを支配したい、という気持ちです。暴力的な欲ともいえます。

角幡 僕の場合は、自意識が強いのか、自分という人間がやっていることを周りに知ってもらいたいという欲が根底にあるように思います。経験して、思いもしない発見があると、それを書きたいと思う。子供が生まれたら年賀状に写真を載せたいと思うのと一緒だと思います。

河崎 人生に課したミッションでしょうか。

角幡 とにかく書きてえなあって思うんですよね。ただ、僕はノンフィクションを書いていて、自分の目線でしか書かないから、書くことが悩みにもなります。執筆が意識にあると、行動が変化してしまう。それが不純だなって。

河崎 それはよくわかります。

角幡 こうやったら面白くなるんじゃないかとか、こういうのが書きたいからあれをやろうとか。表現欲求が目の前の行動を編集しかねず、それがすごく気持ち悪いんです。もっと純粋な行為をしたくて、極地に行っているのに……。

河崎 それはどうやって克服されるんですか。

角幡 最近だと、面白く書こうと思っちゃいけない、と思うようになりました。書くときに面白くするのは、書き手として当然の行為だけれど、行動をするときはフラットな状態を心がける。極端なことを言えば、「これは絶対に書かないぞ」という気持ちで旅をするのが目標です。

河崎 行動をエンタメにしないというのは、修正力を要しますよね。

角幡 でもやっぱり書きたくなるから、結局書くんですけど。

河崎 そうですね。文章を読みたい、書きたい、読まれたいという欲求は私の中に確かにあるけれど、それだからって「森の中で生きたい」という自分の核がなくなるわけではありません。熊爪のように山で生きる人生は、小さいころから夢のプロトタイプとして、私の中に常に存在しています。その葛藤が、今回の小説にも表れているのかも。

角幡 本当は振り切って山の中に入りたいけど……。でも何かを発見したら、書きたくなってしまう。書くことで思考が促され、頭の中に生じたもやもやが、段々と形を成していく感覚も僕は好きです。

河崎 核を一つにすることができないのも、人間の性ですね。

角幡 それに、日常に戻って来られるから非日常に出られるのかもしれない、とも思います。ちょっと想像するんですよ。本当に熊爪みたいな暮らしをしたら、どうなるだろうって。

河崎 角幡さんならできそうですね。

角幡 熊爪のように掘っ立て小屋を自分で作って、釣りしたり、きのこを採ったり、狩猟したりして、俗世間から隔離された状態で暮らすんです。それはある意味で、僕が心から望んでいる暮らしです。だけど…………すっげえ、寂しいだろうなって(笑)。

河崎 ははは、それは確かにそうですね(笑)。

角幡 寂しすぎて死にたくなっちゃうと思うんです。死に場所を求めて、「熊に食べられてもいい」っていう心境になる気がする。

河崎 それはすごくわかります。理想的すぎて、そこで終わらせたくなっちゃう。

角幡 そう。僕はまだやりたいことがあるから、熊爪の生活はいいかな。

河崎 やりたいことって、なんですか。

角幡 僕は今、グリーンランドで一年の半分を犬橇に乗って過ごしているんです。だからそこでの北極の土地との関係をもっと深めていきたい。

河崎 いつか本になるんでしょうか。

角幡 書くと思います。やっぱり旅をしていて、書きたいなと思いますから。イヌイットの人たちの文化にもすごく感銘を受けるから、次は彼らの民族誌みたいなものをルポルタージュっぽくまとめられないかなと思っています。

河崎 すごく面白そう! 読みたいです。

角幡 河崎さんは、今後はどんなものを書かれるんですか。

河崎 一昔前の北海道の様子を文字にしたいという気持ちがずっと強くあります。もちろんそれ以外のものにも挑戦しながら。上手に、効率的に小説を書くことももちろん大事だけれど、それよりは一層深く掘り下げることを大切にして、新しい何かを目指して書きつづけていきたいと思います。

角幡 畜産のお仕事に戻りたくはなりませんか?

河崎 ……たまに。羊飼いの生活は楽しかったし、自分で育てた羊は美味しいですからね。でもいまはひとりキャンプをするくらいでいいかな。まだまだ、書きたいことがたくさんありますから。

 ***

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)
1976年、北海道芦別市生まれ。探検家・ノンフィクション作家。早稲田大学政治経済学部卒、同大学探検部OB。2003年朝日新聞社入社、2008年退社。主な著書に、『空白の五マイル』、『雪男は向こうからやって来た』、『極夜行』、『裸の大地 第一部 狩りと漂泊』、『裸の大地第二部 犬橇事始』などがある。小誌11月号より「地図なき山」を連載中。

河崎秋子(かわさき・あきこ)
1979年北海道別海町生まれ。北海学園大学経済学部卒。ニュージーランドにて緬羊飼育技術を1年間学んだ後、実家で酪農従業員をしつつ緬羊を飼育・出荷。2012年「東陬遺事」で北海道新聞文学賞(創作・評論部門)を受賞。14年『颶風の王』で三浦綾子文学賞を受賞しデビュー。主な著書に、『肉弾』、『土に贖う』、『絞め殺しの樹』、『清浄島』などがある。

新潮社 小説新潮
2023年12月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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