『100年のレシピ』
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実践的レシピや女性の自立も描くミステリー仕立ての食クロニクル
[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)
「スープ屋しずくの謎解き朝ごはん」シリーズなど、料理とミステリーを掛け合わせた小説を得意とする友井羊。新作『100年のレシピ』は大正生まれの料理研究家を探偵役にして、時代ごとの食に関するトピックを絡ませた連作ミステリーだ。
第一話の舞台は二〇二〇年。主人公は料理下手が理由で失恋した大学生、理央。彼女は一念発起して伝説の人気料理研究家、大河弘子が設立した料理学校に通い始め、弘子の曾孫、翔吾と知り合う。ある時、実家のキッチンで奇妙な出来事に遭遇した理央が翔吾にそれを打ち明けたところ、彼が紹介してくれたのは弘子。九十九歳となりすでに仕事は引退した弘子だが、理央の抱える謎をすぐさま解き明かすのだった。
第二話以降は時代が遡っていく。食のトラブルが多かった二〇〇四年、バブル期の一九八五年、高度成長期の一九六五年、戦後ほどない時期の一九四五年。第四話まではなんらかの形で弘子と関わった人物が語り手だ。その時期ならではの料理に関する謎が描かれるため、日本の家庭料理の変化、食に関する人々の意識の違いが見えてくる。戦後、調理家電の登場などで家庭料理は楽になったイメージもあるが、レシピの複雑化や衛生観念の高まりによって、実は家事負担は増えたという事実も分かって興味深い。その時代の流れのなかで、つねに手軽なレシピを提案し、「手の込んだ料理ほど愛情がこもっている」などといった価値観に一石を投じてきたのが弘子である。
レシピ本などの著作の多い弘子だが、自分がこの職業に就いた理由はどこにも語っていない。最終話では彼女自身が主人公となり、その過去が明かされていくが、これも実に意外で、胸を打つ内容だ。
謎解きを主軸としながら、実践的な料理の知識やレシピ、戦後日本史、さらには女性の生き方の変化も織り込んで読ませる味わい深いエンターテインメント作品である。