『陸軍中野学校外伝 蔣介石暗殺命令を受けた男』
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特集 伊藤祐靖の世界 『陸軍中野学校外伝 蒋介石暗殺命令を受けた男』刊行記念伊藤祐靖インタビュー
[文] 角川春樹事務所
◆激動の時代に生きた父という「変人」を通して、昭和の現実のにおいを描く
――主人公の均は帝国陸軍、伊藤さんは海上自衛隊。国を守る使命を持つ者として共通する部分、違う部分とは?
伊藤 共通しているのは、お互い「命懸け」という言葉が嫌いなところです。一般的に命懸けで何かに挑むのはすごいことだと受け取られますが、こういう職では目的のために命を懸けるのは当然で、それをわざわざ口にすることはありません。テレビなどで「命懸け」という言葉を耳にするたび、父は「そんなの普通だろ」と言っていました。
違う部分は、国を創る意志です。私が所属していた海上自衛隊の特殊部隊、特別警備隊は非正規戦が主な任務でしたが、どんな時もシビリアンコントロールが念頭にありました。自衛官である限り、我々は国家目的を実現するために行動します。その国家目的を決めるのは国民に選ばれた政治家であり、その命令に自衛官は従います。部隊が独自の意志で行動することはありません。国に動かされる私と違い、戦後官僚になった父は国を創ることを考え、その仕事に携わりました。似た経歴を有していても、この意識の違いは大きいと思っています。
――本作品を通して読者に感じてほしいこと、伝えたいことは?
伊藤 暗さと重苦しさで塗りつぶされるあの時代にも父のような変わった人物がいたことを、当時の空気感と共に味わってもらえたらと思います。父は中野学校を「くだらなかった」と評していました。授業は当たり前のことばかり、新たに学ぶことはなく、逆に自分が教えてやったと豪語していました。諜報の世界は常識に縛られない発想や行動が武器になりますが、父の変人ぶりは中野学校の想定を超えるものだったのかもしれません。一見インチキにしかみえない行動も、俯瞰すると目的への最短距離なんですよね。私もインチキには自信がありますが(笑)、未だに父を超えることはできていません。
蒋介石暗殺の命を受けた父は十八歳で敗戦を迎え、「負けてよかった」と語りました。御国のために自分の命を使うことを選んだ父が、なぜ負けてよかったと思ったのか。私は父の言葉にしばらく納得できませんでしたが、実はここにも父なりの価値観が貫かれていた。たとえ戦争に負けても、他国に占領されても、父は日本という国がある限り存在し続けるものを守り、それを後世に伝える国家の土台を創ろうとしました。世の中が大きく変わっていく中で、変わらないものとはいったいなんなのか。父が守ろうとしたそれは、目に見えない何かだったのだろうと思っています。この作品を読んでくださったみなさんにも、ぜひそれを想像してみてほしいですね。
【著者紹介】
伊藤祐靖(いとう・すけやす)
元海上自衛隊特別警備隊先任小隊長。昭和39(1964)年東京都生まれ。日本体育大学卒業後、海上自衛隊入隊。防大指導官、「たちかぜ」砲術長等を歴任。イージス艦「みょうこう」航海長時に遭遇した能登沖不審船事件を契機に、自衛隊初の特殊部隊である特別警備隊の創隊に関わる。平成19(2007)年、退官。拠点を海外に移し、各国の警察、軍隊などで訓練指導を行う。著書に『国のために死ねるか』『自衛隊失格』『邦人奪還』などがある。