あつてはならぬのですけれど
[レビュアー] 北村薫(作家)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「裁判」です
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小学校の図書館に『きつねの裁判』(小山書店)という本がありました。日本図書館協会選定図書の中の一冊でしたから、あって不思議はない。しかし、読み進むと、主人公ライネケ狐は、嘘をつき、悪の限りをつくします。あまりのことに、いわゆる決闘裁判にかけられます。正義は勝つ―という思想によるシステムですが、卑怯な狐はこれに勝ち、栄誉の限りを受けます。
神も仏もないものか―という話ですが、ゲーテの『きつねのライネケ』により、これを書いた内田百閒は「おくがき」で、悪の勝利は「あつてはならぬのですけれど、人間の世界にも、どうかするとそんなことがないとは限りません」と語ります。
この印象は強烈でした。谷中安規の絵も忘れ難い。
小学六年の頃、角川文庫の水谷謙三訳『狐物語』を見つけました。こちらの狐はルナール。原作はフランス中世古典。ドイツではライネケになるのですね。
水谷版は実に面白く、結びも、死んだ主人公の声が―俺の墓には「『狐』と呼んだ賤しい奴の名前」が刻んである、と語る、味のある名調子でした。今、読めないのがもったいない。レオポルド・ショヴォーの再話によるもののようです。ショヴォーは、児童版も書いていて、そちらは福音館書店から『きつねのルナール』(山脇百合子訳)という題で出ていました。これに裁判は出てこない。
内田百閒の『きつねの裁判』は『狐の裁判』という題でも刊行されています。