『ルポ 国際ロマンス詐欺』
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人間の欲望や快楽と同時に世の不平等や不条理を暴いた傑作
[レビュアー] 宮下洋一(ジャーナリスト)
日々、われわれの身近に潜む罠、「国際ロマンス詐欺」―。一度、心を許すと、奈落の底に落ちてしまう。六〇〇万円以上を騙し取られた独身男性の言葉が、至極切ない。
「美味しいものを食べて『美味しいね』と言い合えたり、綺麗な景色を見て『綺麗だね』、寒い時に『寒いね』と共感できる人と一緒にいたいです」
「頼れる人」や「好きな人」と一緒にいたいという一心で、架空の人物に欺かれ、友人や家族からも見捨てられる被害者たち。四八歳の女性は、全財産だった四六〇〇万円を奪われ、人間をやめたいと考えた。
悪いのは、誰なのか。「つらいのは分かるけど、外に遊びに行くぐらいなら借金返済のプランを考えたら!」と吐き捨てる友人たち。「騙されるやつも悪い」と弱者を苦しめるバッシングも垣間見えてくる。
ノンフィクション作家・水谷竹秀氏の取材は、実にダイナミックだ。数ある被害者取材で一冊が終わるかと思ったら、大間違い。自身のSNSに届いたメッセージを契機に、自ら「国際ロマンス詐欺」の罠に嵌りに行く。
異国の地に潜む詐欺犯らの正体を知るだけでは満足しない。「次に死ぬのはお前だ」と脅されても引き下がらないのが水谷氏だ。遠く離れたナイジェリアまで足を運び、くまなく調査を開始する。まるで映画を見ているようなスリリングな展開にページをめくる指が止まらない。
現地では、驚くべき実態に出くわしていく。先進国の人々をターゲットにする詐欺犯たちの犯罪意識は低く、犯罪に容易に手を染めてしまう環境が彼らを取り巻く。死の瀬戸際に追い込まれる被害者たちがいる一方で、極貧に喘ぐ加害者たちの姿も、そこにはあった。『ルポ 国際ロマンス詐欺』は、人間の欲望や快楽と同時に、世の不平等や不条理を暴いた傑作ともいえる。
それにしても、最近はウクライナの前線にいたかと思えば、エンゼルスの球場内にいるなど、世界各地を飛び回る水谷氏。なぜ、そこまで器用に動けるのか。
本書の中で、思わず笑ってしまう場面がある。ナイジェリアの入管職員や客引きの要求はことごとく無視するのに、自分の都合のためには客引きの携帯電話をさくっと借り、電話をしてしまう。この「マイペースさ」が彼の武器に違いない。
心の内に隠された秘め事も、不思議と水谷氏を前に表出されていく。そして、本書はどのような結末を迎えるのか。「国際ロマンス詐欺」をはたらく者たちとは、一体……。