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読んで面白いと思わなければ原稿を引き受けない人。――北上次郎の解説を読む
[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)
藤野恵美『淀川八景』を手に取ったのは、自分が大阪の、淀川に近い町で生まれ育ったということも大きいけど、それに加えて北上次郎さんの解説を読みたかったからだ。
対象の作品だけでなく、過去作まで丹念に触れ、自分がその作家にいつ出会って、どんな印象を持ってきたか、今回の作品は作品群の中でどういう位置づけにあるかを解説する。
淀川をモチーフに、家族や男女のさまざまなドラマを描いた『淀川八景』の場合だと、「藤野恵美の作品を初めて読む方には恰好の入門書」として、次は『涙をなくした君に』と『ハルさん』をすすめる、と締めくくられている。
希代の本好きによる、本好きのための解説や書評をこの先も読めるものだと思っていたのに、北上さんの訃報を突然、知らされたのは、『淀川八景』を読んだすぐ後だった。
福澤徹三『そのひと皿にめぐりあうとき』(光文社文庫)は、現在出ている、北上次郎解説の最後の文庫本になる。
戦災孤児と、二〇二〇年、コロナ禍の東京で暮らす男子高校生。七十五年近く時を隔てて、苦境を生きる二人の少年の物語が交互に描かれる。
父を戦地で、母を東京大空襲で失った滋は空腹にさいなまれ、焼け跡をうろつく。コロナ禍で父が失業した駿は、自分がコロナに感染したことをきっかけに学校に行けなくなる。
二人の運命がどう交錯するのか。北上解説は、それはないだろうと思われるタイムスリップの可能性まで持ち出して読ませる。
「本の雑誌」5月号によれば、北上さんが解説を書いた文庫本は全部で四百二十三点。それ以外に、『勝手に! 文庫解説』(集英社文庫)という本まで出している。
解説は注文が来ないと書けないので、じゃあ勝手に書いてしまおうという趣旨で始まった雑誌連載で、読んで面白いと思わなければ原稿を引き受けない人が、頼まれなくても書くのだから作品の面白さは保証済み。「……読まれたい」「本書をあたられたい」。熱のこもった北上節が随所に炸裂する。