「文学の世界に新しい風が吹いた」柚木麻子が掛け値なしの称賛を持って紹介する最高の新人作家

対談・鼎談

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成瀬は天下を取りにいく

『成瀬は天下を取りにいく』

著者
宮島 未奈 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103549512
発売日
2023/03/17
価格
1,705円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

文学界の新風、現る!

[文] 新潮社

作品まるごと、成瀬感

柚木 もう一つ、成瀬のすごいところは、周りへの影響力です。こういうキャラクターだと、周囲の人が彼女にコンプレックスを抱いて塞ぎ込んでしまいがちだと思うんですけど、宮島さんのお話の中では、むしろそれぞれが欲を解放していくんですよね。「レッツゴーミシガン」では成瀬に恋する男の子の様子も爽やかに描かれる。西浦くん、とっても素敵でした。

宮島 ありがとうございます。成瀬を好きになってくれる読者が多いので、成瀬以外の登場人物のことを言われると新鮮で嬉しいです。

柚木 西浦くんは、成瀬に対して、まずきちんと名乗って、自分のことを話して、成瀬に惹かれた理由を伝えて、真っ直ぐに向き合います。成瀬も、それを正面から受け止める。結果的に二人はすごくいい思い出を作ったし、「恋愛ってそれでいいじゃん!」と思えたのが目から鱗の感覚でした。

宮島 正直、この本にはあまり恋愛要素を持ち込みたくなかったんです。でも、短編を書き進めていくうちに成瀬に惹かれる男の子が出てきてもいいんじゃないかと思いはじめて、このような塩梅になりました。

柚木 彼らの恋模様は、「小説の世界の不思議な女の子との距離の詰めかた」に留まりません。夢を見ているけれど、夢みがちじゃない、そこがまたこの作品の魅力だと思います。彼らはみんな、現実的なアプローチをとって夢に向かっていく。成瀬だって、200歳まで生きるために、日々筋トレに励んだりと現実的な努力を積み重ねているわけです。だからこそ、本当にその夢が叶うような気がしてくるんですよね。

宮島 確かに、成瀬は本当に200歳まで生きてくれちゃいそうです。

柚木 読み終わった後、読者の生活が変わるのって、名作の条件だと思うんですよ。成瀬を見ていると、長生きしたくなるし、だから毎日ちゃんと歯を磨こうって気持ちになっちゃうんです。夢を見させてくれるというのは、作品にすごくパワーがあるということだと思います。作品まるごと、成瀬感がある。

宮島 そういった勢いを持った作品になったのは、とても嬉しいことです。自分では、特に意識していなかったんですけど……。

柚木 宮島さん同様、成瀬も、野心家ではないし、天下を取りたいと思っているわけではないんですよね。天下って人によって違うわけで、成瀬の目指す先が、たまたま周りから見ると天下だったということだと思います。だから私たちは彼女の行動に不意をつかれるんですよね。宮島さんの作品も、そんなふうに、誰も予想していない形で、評価を受けていくんじゃないでしょうか。

宮島 「その手があったか!」みたいな感じでしょうか。

柚木 そうそう! 文学の世界において、多くの人が「こういう勝ち方しかしちゃいけない」と思ってしまっていることに対して、宮島さんはきっとそれをぶち破って、新しい道を提示してくれる気がするんです。いきなり、スティーブン・キングがTwitterで絶賛する、とか。

宮島 そんなことになったら、本当にびっくりしちゃいます……。

柚木 日本文学のピコ太郎に、ぜひなってください!

新潮社 波
2023年4月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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