締切過ぎて作品の代わりに「カステラ」を届けた天才イラストレーターとは? 微妙にイラッとする仰天エピソードを「本の雑誌」編集部員が語る【後編】
インタビュー
『黒と誠 ~本の雑誌を創った男たち~(1)』
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「本の雑誌」創刊秘話マンガ『黒と誠』刊行記念座談会
[文] 双葉社
作家や映画監督として活躍する椎名誠と書評家・北上次郎名義でも知られる目黒考二の二人を中心に創刊された「本の雑誌」。従来の書評誌にはなかったエンタテインメント志向、独自視点の特集、新しい執筆者の発掘などで好評を得て、現在も根強い人気を誇っている「本の雑誌」はどのように生まれたのか?
70年代もっとも出版と雑誌が熱かった時代に創刊され、現在も続く書評誌の草創期を描いた漫画『黒と誠~本の雑誌を創った男たち~』(双葉社)の刊行を記念して、「本の雑誌」の編集長や営業担当など5人が、創刊時の苦労話や仰天エピソードを語った。
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【座談会出席者】
浜本茂…「本の雑誌」の発行人・編集長
杉江由次…営業担当
松村眞喜子…「本の雑誌」の編集担当
浜田公子…事務全般担当
前田和彦…単行本の編集担当
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──今後の『黒と誠』で特に期待しているシーンはありますか?
浜本:「本の雑誌」の転機になった、新宿「石の家」2階でのクーデター、もうそろそろですよね。
杉江:目黒さんの挫折ね。あれはぜひマンガで読みたいな。椎名さんと目黒さんが決別するかもしれないというシーン。
浜本:当時の編集スタッフの多数決で、椎名さんが「本の雑誌」の実質的な編集長になることが決まって、目黒さんはそのポジションを外されるわけだけど……。
杉江:そこで「本の雑誌」を辞めるって言い出さなかったのが驚きだよね。
松村:最初の頃の目黒さんを見てると、すぐ辞めそうなのにね。
前田:目黒さんの中で、何かが少しずつ変わってきていたんでしょうね。
杉江:面倒くさいことは嫌な人だったはずなんだけどね。そこまでしてでも「本の雑誌」を続けたいと思ったってことだよ。その後は営業に専念して配本部隊に全てを捧げ、バイトの助っ人たちとの交流にやりがいを見出していく。
浜本:配本部隊のリーダーとして、郊外の書店から都心に向かって配本していくという「ドーナツ理論」を完成させて、その直後ぐらいに僕は目黒さんと出会ってるんですよ。だから、ちょうど仕事に自信を持てるようになった時期だったのかもしれない。
杉江:意外なことに、目黒さんは人の面倒を見ることが好きだったんですよね。
前田:最初は明らかに面倒を見てもらう側の立場だったのに。
杉江:どこかでそれが変わってきて、最後には結婚式で助っ人の学生たちに偉そうにダメ出しするまでになって。
浜田:学生たちがモジモジして新郎新婦のご両親にちゃんと挨拶してないとか、文句言ったりしてね。
杉江:あれ、感動のシーンではあるんだけどさ。よく考えたらアンタが一番ダメ人間だったじゃないか! っていう(笑)。営業に行っても何もできなくてモジモジしてたじゃん! って(笑)。でも、そう考えると「本の雑誌」を始める前と後で、劇的に変わったんだろうね。
浜田:私は「本の雑誌」が売れている話が読みたいですね。発売日通りに刊行されなくて怒られるところとか。
杉江:でも、調子に乗りすぎて12号で失敗するんだよね。輪転機を回したいからって前号の2倍も刷っちゃって、目黒さんが「椎名、やりすぎだよ!」って(笑)。僕は営業だから、配本部隊のシーンが見たいなあ。印刷所から納品された雑誌を、みんなで仕分けして、沢野さんのフォルクスワーゲンに積んで書店に運ぶっていう。あと、配本を書店の人が待っている様子だよね。
浜本:当時、僕ら配本部隊の学生が書店に本や雑誌を持っていくと、栄養ドリンクやアメをくれる書店員さんがいたんだよ。
杉江:椎名さんの『味噌蔵』(『もだえ苦しむ活字中毒者地獄の味噌蔵』)の発売が延期になるたびに、書店のポスターの発売日に何度もシールを貼り替えたって話は、僕が入社したときにもベテランの書店員さんから聞いたことがある。本当によくシールを貼りに来てたって。
浜本:そもそも、どうして『味噌蔵』のポスターを作ったんだろう。売れると思ったのかな?
杉江:でも、書店の人もそのポスターを貼ってくれていたんだから、それだけ注目されていたってことだよね。そういうシーンは読みたいなぁ。
浜田:そうね、本や雑誌が飛ぶように売れて行くシーン。
杉江:でも、目黒さんは面倒くせえな、疲れるなって。やっぱり根っこはダメ人間だから、楽をしたい(笑)。
──他の方の、今後の期待シーンはどうでしょうか。
浜田:私は群さんが事務所で一人、鳴らない電話の番をしていて、そこに沢野さんが遊びに来るところ。
松村:沢野さんはもっと見たいですよね。本当に天才なので。沢野さんが『味噌蔵』のイラストを描かないまま内緒で出張に行って、激怒する目黒さんや群さんの元に出張先からカステラが送られてくるっていう……。
杉江:あれはヒドいよね(笑)。小包でイラストが届いたと思ったらカステラだったっていう。で、紙切れに「ごめんなさい」って(笑)。
浜本:『味噌蔵』の挿絵は、ちょうどカステラの箱に収まるサイズだったんですよ。そんな箱が届いたら中には絵が入ってると思うじゃないですか。まあ、普通のイラストレーターだったら、カステラの箱が送られてきたら中身はカステラだと思うけど、何しろ沢野さんだからね……。
松村:天才だからね。そうしたら、本当にカステラだった(笑)!
前田:僕は女性が登場するのが楽しみですね。今は男ばかりの世界だから。
松村:『黒と誠』は今のところ、椎名さんの奥さんの(渡辺)一枝さんくらいしか女性が出てきてないからね。
杉江:家族といえば、『黒と誠』で椎名さんが葉ちゃんに『三びきのやぎのがらがらどん』を読んであげているシーンがあるけど、あれは椎名誠マニアの心をくすぐるよね。
──『岳物語』の岳くんだと思われた読者の方もいたようですが、『岳物語』には出てこない、長女の椎名葉さんなんですよね。
杉江:椎名さんの絵本の本(『絵本たんけん隊』)に、『がらがらどん』の「誰だぁ!」のところで葉ちゃんがいつも身を縮めるとあるんだよね。あの椎名ファミリーの場面は好きだなぁ。
──最後に、現在の「本の雑誌」の刊行を担っている立場から、読者の皆さんに伝えたいメッセージをお願いします。
浜田:『黒と誠』は「本の雑誌」を知らない人にも読んでもらえると嬉しいです。そして、「本の雑誌」も買ってください!
松村:実は今でも続いてるんですよ、っていう。
杉江:目黒さんと椎名さんが心の中で思い描いた雑誌が形になってから半世紀近くが経ちますが、あれだけ適当に始めたものが意外なことに現在まで続いている。このマンガを読んで、新しく何かを始めてみたいって思った人もいるかもしれないけど、予想を超えて長く残るものになるかもしれないから、やってみたらいいんじゃないのって思いますね。俺も『黒と誠』を読んで、本当はもっとやりたいことがあるかもしれないって、ちょっと考え直しちゃった。だから、この作品が読者の皆さんが何かをスタートするきっかけになればいいと思いました。
浜本:目黒さんと椎名さんは、本好きという共通点だけで集まって雑誌を作り、成功したわけですが、それはすごく幸せなことですよね。何かを好きな人が、同じように好きな人と出会って、そこから新しい何かが生まれるのは、すごく楽しいし、さらにそれが売れて世に出ることができたら素晴らしいですよね。自分が好きなことを同じように好きな人と……今なら雑誌じゃなくて違うメディアになるのかもしれませんが、そういう試みはやってみる価値があるんですよね。
杉江:目黒さんと椎名さんって3歳ほど年齢差があるのに、あんなに仲良く付き合えたってことが凄いよね。
浜本:そもそもが上司と部下の関係で、友達から始まってないからね。
杉江:入った会社を3日で「辞める」って言い出すような部下と親しくなっていったわけでしょう。
浜本:あの2人に限らない話ですが、よく人間関係が繋がったものだと思いますよ。本には人同士を繋ぐ力があって、それは今でも変わっていない。そのことがこの作品を通じて、後の時代の人たちにも伝わってくれたら嬉しいですね。
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【前編を読む】「もう社会的にダメな人だよね」「首にタオル巻いた、ただのオヤジ」 椎名誠と目黒考二を「本の雑誌」編集部員が語る【前編】