潜入取材が得意なジャーナリストが見たトランプ支持者の素顔と民主主義の暴走

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「トランプ信者」潜入一年

『「トランプ信者」潜入一年』

著者
横田 増生 [著]
出版社
小学館
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784093888523
発売日
2022/02/28
価格
2,200円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

潜入取材が得意なジャーナリストが見たトランプ支持者の素顔と民主主義の暴走

[レビュアー] 青山和弘(政治ジャーナリスト)

 5年前、ふと手に取った『ユニクロ潜入一年』(文藝春秋)に私は衝撃を受けた。横田増生氏は、法的に苗字まで変えてユニクロに勤務。素姓がバレれば一巻の終わりの緊張感の下で、巨大アパレルメーカーの知られざる実態を赤裸々に伝えた。私はジャーナリストの端くれとして、その姿に敬意と憧憬を抱いた。そんな横田氏の最新作が『「トランプ信者」潜入一年』だ。

 舞台は2020年の米大統領選挙。横田氏は1月、激戦州ミシガンでトランプ陣営の選挙ボランティアに登録する。そして一千軒を超える戸別訪問を敢行し、支援者集会を駆けずり回り、翌21年1月には、連邦議会議事堂で暴徒と化した「トランプ信者」と催涙スプレーを浴びる。

 私もかつて、ワシントン支局長として12年の大統領選挙を取材した。オバマ大統領が再選され大きな波乱はなかったが、老若男女が堂々と国のあり方を議論し、約1年掛けて自らのリーダーを選んでいく様子に、「アメリカ民主主義の堅固さ」を感じたものだ。しかし、それから8年後に横田氏が目撃したものは、「分断」「狂信」「暴動」に塗れ、崩壊の危機に瀕した民主主義だった。

 トランプ大統領が在任中に放ったウソは3万回を超えるそうだが、トランプ氏は指摘されても同じウソを何度でも繰り返し、信じた支援者や支持メディアがそれを拡散・補強していくという「ウソが循環する仕組み」を作り上げた。横田氏の取材からは、多くの米国民がこれに組み込まれた実態が浮き彫りになる。

 65歳の退役軍人は「ニュースの80%はフェイクだよ」「トランプのツイッターの内容が、真実かどうかを判断する基準になる」と胸を張る。陰謀論集団・Qアノン信奉者の女性は「不正選挙が行われたことは100%間違いない」と断言する。横田氏はこの女性を「拍子抜けするほどアメリカのどこにでもいるような中流家庭の主婦だった」としている。こうしたごく普通の国民が政治権力のウソを信じた時、民主主義は暴走を始めるのだ。

 ウクライナ侵攻で我々はいま、かつてない情報戦を目撃している。当のロシアは選挙によって大統領を選ぶ、制度上は民主主義国家だ。真偽不明の大量の情報が交錯するSNSの時代、トランプ現象はどこにでも起こり得る。事実を伝える情報源をどう守り、溢れる情報からどう選び取るのか。「効果的なウソと陰謀論の操り方」を学んだトランプ大統領が生み出したアメリカの実態を知ることは、いま私たちが何をすべきかを考える貴重な教訓になるだろう。

新潮社 週刊新潮
2022年4月28日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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