『問はずがたり・吾妻橋 他十六篇』
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身を売った金で父母を供養する「闇の女」
[レビュアー] 川本三郎(評論家)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「墓」です
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娼婦が両親の墓を作る。
永井荷風「吾妻橋」は戦後の混乱期の浅草を舞台にした短篇(一九五四年)。
町にはまだ娼婦たちが多く立っていた時代。素人の女性より玄人の女性に関心を持つ荷風は、そうした街娼を主人公にした。
道子という女性は毎夜、隅田川に架かる吾妻橋に立って客を引く「闇の女」。年齢は二十代のなかば。
南千住の裏長屋に住む大工の娘。父親は空襲で亡くなった。母親と共に残されたが生活は苦しく、十八歳の時に戦後出来た小岩の遊興の地に身売りした。
その後、結婚したがうまくゆかずまた身体を売るようになった。
道子は「男には何と云うわけもなく好かれる性質の女」でよく稼ぐ。紙入れには百円札や千円札があふれ郵便局に貯金もする。
お盆の頃、ふと松戸の寺に葬られた母親のことを思い出す。まだ墓がなかった。
寺を訪ね、住職に母親の墓を作りたいと相談する。墓石には五、六千円かかるという。
道子は「一晩稼げば最低千五、六百円になる身体」。母の墓を作ることにする。空襲で遺体が分からなくなっていた父親の墓も。住職はその孝心を誉める。
娼婦という世をはばかる身の女性が、両親の墓を作って供養する。荷風は彼女の殊勝な心に惹かれている。
ちょうど『ぼく東綺譚』で玉の井の私娼のなかに、泥沼に咲く蓮の花の美しさを見たように。
ちなみに荷風は墓参を愛する掃苔趣味があった。