『星影さやかに』
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激動の昭和を三世代で描く戦争小説にして家族小説
[レビュアー] 杉江松恋(書評家)
時代の変遷と変わらぬ思いと。
古内一絵『星影さやかに』は家族の肖像を描いて胸に迫る物語である。戦中から高度経済成長までの時代が、連作形式で綴られていく。
一九四四(昭和十九)年、宮城県・古川の国民学校に通う八歳の良彦は、予科練入りを夢見る少国民だった。父の良一は教師として赴任した東京の中学校で問題を起こし、今は鬱々と閉じこもって暮らしている。隣人から非国民と嘲られるそんな父を、良彦も内心で軽蔑していた。
第一話「錦秋のトンネル」では、母に連れられて妹の美津子と共に鳴子峡を訪れた良彦が、山中で迷子になった出来事が描かれる。山中で真の闇に触れたとき、なぜか良彦の脳裏には、天体観測を趣味とする父の姿が浮かんだ。明るいばかりが世界ではなく、よく分からないものも見えない場所には存在する。分からないものは恐ろしい。その恐怖を直視できる大人として、初めて父のことを意識するようになったのだ。
敗戦を機に、日本は軍国主義からにわか仕込みの民主主義へと大きく舵を切った。その中で大人たちも無節操に宗旨替えをしていったが、一人良一だけが変わらなかった。良一が東京の中学校で起こした問題とは、負ける戦争で命を落としてはいけない、と生徒たちに教えてしまったことだった。軍国少年であった良彦が、そんな父の心情を知っていく過程が小説の縦糸となる。
少年期の良彦が理解できていなかったのは父だけではなく、鬼婆のように感じていた祖母や、彼女に虐げられていると思っていた母についても同様だった。誰もが大切な思いを抱えて生きている。そうした人々が寄り添って家族を構成しているのだ。本作は戦争小説であると同時に、複数人の秘密が明かされていく家族小説でもある。作中に描かれた情景は美しく、足を止めてしばし鑑賞したくなる。昭和を生きた者たちの声が聞こえてきて、そっと目を閉じた。