『アルツハイマー征服』
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世界5000万人が苦しむ病を撲滅する薬はできるのか
[レビュアー] 東えりか(書評家・HONZ副代表)
阪神淡路大震災で自宅が全壊してしまった義父は、そのショックからか認知症を発症した。まだ70歳前だった。いまほど周りの理解もないなか、義母は13年間、介護の生活をつづけた。病院でさまざまな「リハビリ」を試しても症状は進むばかり。
たったひとつ、希望となったのがアリセプトだ。最初は治療薬と聞きその効果に期待した。当然義父も服用して、悪くなるばかりだった病状は一時的に進行が止まったように思う。だがそれも束の間のことだった。
本書はアルツハイマーという病を解明し治療薬を作ろうと奮闘した人々の歴史を描いていく。
老化にともなう自然現象だと思われていた「ぼけ」症状の原因が、脳内にできる黒いしみのような「老人斑」であると特定され、その正体がアミロイドベータと呼ばれる物質だと突き止められたことから創薬の第一歩が始まった。
80年代後半には、人類は遺伝子を読むことができるようになり、90年には人間の遺伝子をすべて解読しようとする試みも始まった。アルツハイマー病の遺伝子を特定する競争が全世界で激化していった。
そして現在、画期的な抗体薬の治験が始まっている。効果が証明されれば初の根本治療薬ができる。
本書のプロローグで、青森のある一族が紹介されている。長身の美男美女の家系なのに、40代、50代でアルツハイマー症状が出てくる。研究によって判明した遺伝確率は2分の1。遺伝すれば100%発症することがわかっている。研究が進められている遺伝子治療によって、このような一族は救われるだろう。
高齢化が進む日本では、アルツハイマーを含む老人の認知症は確実に増える。加えて刺激の少ない新型コロナ禍の自粛生活は認知機能の低下を招く。2021年現在、全世界で約5000万人の患者とその家族が苦しむアルツハイマー病を撲滅する日はそう遠くないかもしれない。