UFOを待ち望む人々を描いた異色作や精神分析医のサイコ・サスペンスなど、三島由紀夫を好きになる7作品〈新潮文庫の「三島由紀夫」を34冊 全部読んでみた結果【中編】〉

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美しい星

『美しい星』

著者
三島 由紀夫 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784101050133
発売日
1967/11/01
価格
737円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

34冊! 新潮文庫の三島由紀夫を全部読む[中編]

[レビュアー] 南陀楼綾繁(ライター/編集者)

・恋愛コメディの佳品 『永すぎた春』(一九五六年)

 この作品は小説より先に映画を観ている(一九五七年、田中重雄監督)。主人公の若尾文子が本郷の古本屋の娘で、業者の市に出て本を仕入れる場面が印象的だった。小説ではこうある。

「二階の板の間を四角く囲んで、座蒲団がズラリと並んでいる。それも綿の出かけたのや、すり切れて生地の光っているのが多い。座蒲団でかこまれた方形の一角に、机が三つ並んでいる。帳づけをする人がそこに坐るのである。荷主の名、つまり誰が売ったかを帳面に墨でつけてゆく役を山帳と云い、小柄な老人がつとめていた。誰が買ったかをつけてゆく役を『抜き』と云い、これには神主のような風采の中年者が当っていた」

 昔を知っている古本屋さんに聞いたところ、実際にこのような光景だったそうだ。三島が現場を取材したことがうかがわれる。

 ストーリーは単純。古本屋の娘・木田百子とT大法学部の学生・宝部郁雄は婚約しているが、結婚は郁雄が卒業するまでお預けになっている。当時の通念として、婚前交渉を拒まれていることもあり、「永すぎた春」の間に、二人の感情は一種の倦怠期に陥る。しかし、百子の従兄が不祥事をしでかしたり、二人のそれぞれにときめく相手が現れたりという事件に直面し、それを乗り越えることで、二人の絆は強くなっていく。最後は「幸福って、素直に、ありがたく、腕いっぱいにもらっていいものなのね」という月並なセリフで終わる。

 こうまとめると、いまどきのテレビドラマでも見かけない、甘ったるいお話に見えてしまうが、二人をはじめとする登場人物の心の動きがつぶさに描かれているので、最後まで飽きさせない。頭が回るが人情肌でもある宝部夫人と、ぼんやりしている百子の兄・東一郎がいい味出している。

 会話もしゃれていて、一九三〇年代、フランク・キャプラ、ハワード・ホークスらが手がけた「スクリューボール・コメディ」と呼ばれる恋愛コメディ映画を想起させる。

 なお、一九六〇年刊の『お嬢さん』(角川文庫)は、二十歳の女子大生が父の部下の青年と出会い、結婚相手として意識してからの騒動を描くコメディ。「いわゆる永すぎた春にならないように」婚約期間を短くするという一文から、『永すぎた春』の後日譚的な色合いのある作品だ。

・選挙というバカ騒ぎ 『宴のあと』(一九六〇年)

 高級料亭の女将・福沢かづは、元外相の野口雄賢の過去を振り返らぬ態度に魅力を感じ、結ばれる。野口は革新党から押されて東京都知事選に立候補する。清廉潔白に戦おうとする野口の裏で、かづは選挙参謀の山崎と画策し、料亭を担保にして得た資金を票集めにつぎ込む。

 かづは選挙に勝てばすべてがうまくいくと信じて、恐るべきパワーを発揮する。それがたとえ夫の信念を汚すことになっても。

「かづの激しい感動には、いつも必ず不気味なものがあった。ひとつところで止まることを知らないこの活力は、それからそれへとつながっていて、悲嘆は思いがけない歓喜の発条になり、又その歓喜が絶望の予兆になった」

 買収が行われ、怪文書が飛び交う選挙戦の描写は迫力がある。筒井康隆の『大いなる助走』に通じるようなドタバタぶりだ。

 しかし、野口は落選し、かづは「巨大な空虚」がやってくる予感に震える。

 三島は『青の時代』では光クラブ事件(東大出身の青年社長による闇金融会社が詐欺まがいの資金集めを行なった事件)を、『金閣寺』では金閣寺放火事件を下敷きにして、作品を書いた。

 本作では、一九五九年四月の都知事選で落選した有田八郎とその妻・畔上輝井をモデルにしている。執筆開始は同年十一月だから、まだ生々しさが残っている。

 有田はプライバシーの権利を侵害されたとして、一九六一年に三島と新潮社副社長兼出版部長・佐藤亮一および新潮社を東京地裁に提訴。一審では三島側が敗訴したが、控訴。その後、有田が死去したことで和解となる。これは、日本で最初のプライバシー裁判となった。

新潮社 波
2021年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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