『銀の夜』
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過去の近しい友人たち 角田光代
[レビュアー] 角田光代(作家)
もしこの先長く書いていきたいのなら、今のままではだめだと真剣に思い詰めた。二〇〇三、四年のころだ。少しでもたくさん書くようにならなければいけない。それで、依頼された仕事をすべてこなそうと決めた。そのころの依頼はさほど多くなかったのに、依頼された仕事をこなしていくと、どういうわけかどんどん増えた。
平日の朝九時から五時までが私の仕事時間だったのだが、当然それでは間に合わず、夕方五時に仕事を終えるために、朝の四時過ぎに仕事場にいった。締め切りはどんどん増えて、一か月に小説の締め切りが七、八本、エッセイや書評の締め切りが二十以上になった。もっとも忙しかったのは二〇〇四年から二〇〇八年くらいで、そのころの記憶はまだらだ。
この『銀の夜』を女性誌に連載していたのは、ちょうどその、記憶がまだら期だ。連載を終え、単行本にしましょうと編集者さんがゲラを作成してくれたものの、私とゲラは、日々の締め切りの激流に押し流されて離ればなれになった。離ればなれになったことすら、気づかなかった。
数年前、仕事場でまっさらなゲラを見つけた。タイトルに覚えがない。書評を引き受けたほかの作家の小説だろうとタイトルを検索してみたが、出てこない。ようやく、「あのとき離ればなれになったあのゲラだ」と気づいて愕然とした。小説のなかで生きる女性たちより、私はひとまわりも年齢を重ねてしまった。二〇〇四、五年、三十代の前半を必死で生きている彼女たちは、未熟で幼稚でみっともないけれど、ずっと年上になった私が彼女たちを成長させ、大人にし、賢くさせることはできない。できない、と思った。私だって、まだらな記憶の奥をさぐってみれば、未熟で幼稚でみっともなく、日々もがいていた。今五十代の私だって、十年後の私からすれば同じく馬鹿みたいだろう。でもみっともない今日があるから、五年後があり十年後がある。小説の出来不出来とはべつに、ひとまわり年下の登場人物たちを、私は過去の友人みたいに近しく思う。