『太陽がいっぱい』
- 著者
- パトリシア・ハイスミス [著]/佐宗 鈴夫 [訳]
- 出版社
- 河出書房新社
- ジャンル
- 文学/外国文学小説
- ISBN
- 9784309464275
- 発売日
- 2016/05/09
- 価格
- 902円(税込)
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名匠が若きアラン・ドロンに与えた切なくて危険で美しい翳
[レビュアー] 吉川美代子(アナウンサー・京都産業大学客員教授)
1960年の仏・伊映画『太陽がいっぱい』、殺人を犯した青年が幸福の絶頂から転落する、その瞬間を描いたラストシーンは、主演のアラン・ドロンの美しさ、ニーノ・ロータの哀愁に満ちた音楽と相まって映画史に残るものとなった。
原作のタイトルは『The Talented Mr.Ripley』、才能あるリプリー氏。何の才能? もちろん犯罪の才能。殺人者トム・リプリーは疑惑を持たれたものの、完全犯罪を成し遂げた上、大金まで手に入れる。だが、名匠ルネ・クレマン監督は25歳のアラン・ドロンが演じる主人公に悲劇的な結末を与える。哀しみ、孤独、羨望、野心など屈折した感情を秘めた美しすぎる青年には破滅が似合うからか。
地中海の陽光と風を受けて走るヨットでの殺人。監督は最近の映画にありがちな大袈裟なBGMで場面を盛り上げるような安易なことはしない。風の音、それにかき消されそうになる殺す者と殺される者の息遣い。激しい風の音が恐ろしく、緊迫感をさらに盛り上げる。これこそ映画だから表現できた衝撃的な名シーンだろう。何度観てもこの演出の素晴らしさに唸る。
原作ではリプリーの同性愛的傾向がよりはっきりと描かれ、殺す相手のガールフレンドを毛嫌いする。また、大胆になったかと思うと自分の置かれた状況に極端に怯えたりするリプリーの異常な心理が丹念に書き込まれている。
アラン・ドロンの映画から40年近くを経て、アンソニー・ミンゲラ監督がリプリー役をマット・デイモンでリメーク。原作に近いと言われているが、やはりラストはリプリーの破滅を予感させる。観ている間はとても面白くて引き込まれるが、ルネ・クレマン作品に比べるとあまり印象に残らない。マット・デイモンのジャガイモ顔はジェイソン・ボーンシリーズでの翳のある役はできても、ドロンの切なくて危険で美しい翳とは違っていて……。
パトリシア・ハイスミスは5冊の「リプリー」シリーズを書いた。才能あるリプリーはこの作品の後、フランスの大富豪令嬢と結婚し優雅な生活を送りながらも才能を発揮し続け、読者の期待を裏切らない。