『鬼棲むところ』
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鬼とモヤモヤ
[レビュアー] 朱川湊人(作家)
おぼろげな記憶を掘り返してみると、私が初めて鬼というものの存在を知ったのは、幼い頃に親に話してもらった『桃太郎』であろう。その時の私が鬼をどう理解したかは記憶にないが、幼い頃は寝ても覚めても怪獣のことしか考えていなかったので、鬼もまたウルトラマンに倒されるべき悪者……くらいにしか思わなかったに違いない。
しかし、自分で本が読めるようになったり、NHKの教育テレビでやっていた人形劇などを見るようになったりすると、たちまち混乱してしまった。
『一寸法師』に出てくる鬼は、桃太郎の鬼と同じように悪いヤツと考えていい。けれど『こぶとり爺さん』に出てくる連中は、そんなに悪いわけではなさそうだ……と思っていると、鬼の職場は地獄であり、生前に悪事を為した亡者を罰するのが仕事であるという情報が入ってきたりする。どう考えても、人間より格上だ。そうかと思いきや、ひろすけ童話の『泣いた赤おに』などでは、むしろ可哀想だ。
やがて少しだけ成長して、おなじみの“鬼の正体は、実は漂着した西洋人”という説を何かの本で読んだりすると、もういけない。こっちは「きっと昔の人が想像した怪物なのだろう」と納得しようとしているのに、それでは“鬼、あるいは鬼に似たもの”が実在したことになってしまうではないか。
ならば『桃太郎』も、“はるか昔に漂流してきた西洋人が、どこかの島を根城にして略奪行為をしていたのを、攻め込んで殲滅(せんめつ)した”という生々しい出来事を、毒と刺激を薄めて語り伝えたものなのかもしれない……などと想像すると、妙にモヤモヤした気分になったものだ。教科書に載っている以上の、歴史の血なまぐささみたいなものを感じたからであろう。
三月に刊行される『鬼棲むところ 知らぬ火文庫』は、そういう幼い頃からのモヤモヤから生まれた一冊である。御手に取っていただければ、幸いです。