大学当局は目の敵?! 自治の精神を支える「西の魔窟」の風景
[レビュアー] 渡邊十絲子(詩人)
京都大学吉田キャンパスにある吉田寮は、現存する学生寮のなかで最古の木造建築だ。建築後まだ数年の新棟もあわせての「吉田寮」なのだが、大学当局は2017年、老朽化などの問題があるとして、すべての寮生に退去を命じた。
この本は、先の見えない状況のなかで吉田寮を記録しておこうという試みのひとつ。寮そのものと、そこで暮らす学生たちの姿が、写真と証言でいきいきと記されている。
この建物をわたしはひそかに「西の魔窟」と呼び、カオスと言うほかはない各部屋のようすを見たいと思っているが果たせていない。単なる見物は、暮らしている人に失礼な気がするのだ。「東の魔窟」東大駒場寮はじっくり見たことがあるが、こちらは1991年から始まった廃寮計画が2001年の強制執行によって完了し、すでに存在しない。魔窟好きとしては本当に壊してほしくないが、かたちあるものはいつかはなくなる。せめてこの魅力的な写真のかずかずを味わおうと思う。
50代になってから、どうしても学び直したくて銀行を辞めた男性。初めて吉田寮を見学した時、年齢制限があるかと学生に尋ねると、「ここは京都大学の吉田寮です。人を年齢や人種、性別で差別することがあるはずがない。そんな人には入ってもらわなくていいです」と一喝され、入寮を決意した。またある女性は、両親がともに寮生で、この寮で育った。「あのときの赤ん坊」は、20年の時を経て京大生になり、入寮。
原則的に、複数人ごとに数部屋が割り当てられ、一室を寝室、一室を勉強部屋にするなどして赤の他人と同居する。上回生にも敬語は使わない。運営はすべて寮生の総会で決まり、多数決はせずに全員の意見が一致するまで話し合う。いろいろな時代の雰囲気が重層的に残る魔窟の風景こそがこの自治の精神を支えているのだと、わたしは信じている。