数百万もの大軍が激突した史上空前の殺戮とその惨禍
[レビュアー] 板谷敏彦(作家)
第2次世界大戦の主戦場である独ソ戦は、数百万人の大軍が激突する空前絶後の戦いであると同時に多くの民間人を巻き込む凄惨な戦争であった。ソ連では軍民合わせて約2700万人もの生命が失われたが、これは日本の損失310万人の約9倍にも相当する。
書籍や映画、戦略ゲームなどで知られる独ソ戦も、東西冷戦下のプロパガンダによってその実像は歪められてきた経緯がある。
本書は最新のアカデミズムの成果を駆使して、開戦に至るまでの政治・経済・外交の状況などを解説し、そしてそれらが戦況の変化とともに如何に戦争の様相を決定づけていくのかを解説している。
独ソ戦を凄惨なものにした根本の原因は、この戦争が講和で終結するような19世紀的戦争ではなく、ナチス・ドイツの人種主義に基づく社会秩序の改変と収奪による植民地化をめざす世界観戦争=絶滅戦争であったことだ。
開戦当初から国際法に基づく「通常戦争」に加えて「絶滅戦争」「収奪戦争」の計3つの要素を持っていたが、戦況の悪化に従って絶滅戦争の要素が他を凌駕し、やがて「絶対戦争」へと変質していく。
ドイツ軍は次第に「通常戦争」が持つ軍事的合理性を喪失し、史上空前の殺戮と惨禍をもたらすようになる。そして、それに報復するソ連もまた同様である。
読後、特に印象に残ったのは、「戦略」と、「戦術」の中間に位置するソ連軍の「作戦術」である。
俗説では、ドイツ側に洗練された参謀本部の緻密な作戦計画がある一方で、ソ連側は兵力と物量でドイツを圧倒したというイメージだ。
しかし現実には、当時のソ連軍は作戦・用兵面においてもドイツを凌駕していたのだと知った。
米中対立、欧州の右傾化など人種的緊張を増す現代の国際情勢下、この本は一読推奨である。