『千里の向こう』
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龍馬の相棒「中岡慎太郎」が主役“いごっそう”な男の志を描く
[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)
斯界を牽引する気鋭、簑輪諒の新作の主人公は、坂本龍馬の相棒・中岡慎太郎である。これまで龍馬を主役にした長篇は幾つもあったが、慎太郎を主役とした長篇は、極めて少ない。題名の『千里の向こう』とは、作中、武市半平太に、故郷の北川郷は遠く、夜通し歩き続けることになるから、泊まってゆけ、といわれた慎太郎が「必要とあらば、たとえ千里の向こうであっても、わしはただ行くだけです」と答えたことに依っている。これは単に距離を示すことばであるのみならず、彼の志そのものを示したそれといえよう。
その慎太郎が、同じ土佐人ながら、龍馬と自分がなぜこれほど違うのかと考える場面がある。龍馬の実家は、豪商の分家で、その底抜けの楽天性や明るさは、苦労知らずの生い立ちと無関係ではないし、その壮大な構想は、武士というよりむしろ商人だ。一方、自分は、庄屋の家に生まれ、厳しい土地柄で育っただけに、村民の命を預かる者として、いかに危険を回避するか、責任を常に意識せざるを得ない。そして、ざっくばらんな龍馬に対して、慎太郎は、地味で地道でいごっそう(頑固者)。加えて、真面目で理屈っぽい。
また、これは本書を読んでいると判ることだが、作者が繰り出す文体が、いつものような綾がなく、習字でいえば、まるで楷書できっちり書かれているかのようなのだ。つまり作者は、全文体を慎太郎の人格に合わせているのだ。これは見事というべきだろう。
また、薩長同盟の真の立役者が慎太郎である点など極めてリアルに捉えている。さらに、身分を問わぬという「奇兵隊」をつくりながら差別意識の抜けぬ高杉晋作や、その高杉の批判者として登場しつつも、負の人生を終える赤禰武人(あかねたけと)ら、脇の登場人物もよく描けている。
それでいながら行間からあふれ出る慎太郎への愛情には感動せずにいられない。