『夢も見ずに眠った。』
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予定調和とは無縁の新たな夫婦像を“旅”と共に描く
[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)
友人として恋人として夫婦として。さまざまな時間を共有した沙和子と高之という一組の男女の四半世紀が描かれる。二人が一緒にいなかった時間もそこには含まれている。
二人は大学時代の友人で、子どもはおらず、主たる働き手となった沙和子は、札幌に単身赴任することも厭わない。婿養子として、沙和子の生まれ育った熊谷に移り住んだ高之は、同じ敷地内で暮らす義両親との関係も良好である。
あえて男女の役割を反転させているわけではない。二人が生きているのは「ロールモデルのいない時代」で、小さな岐路に立つごとに判断し、道を選びとっていく。次第に距離は離れもするが、二人の関係はゼロにはならない。二人で過ごした時間の続きを、一人になってからも生きているからだ。
旅する小説でもある。岡山での、列車内の喧嘩の場面から始まり、滋賀、出雲など、さまざまな場所を旅行する。二人一緒のこともあれば、旅先で落ち合うこともあり、別の相手や、一人で行く旅も出てくる。
立ち寄った場所の描写がすばらしい。旅先での食事、街並みや雑木林、地名などの細部に、土地の歴史や物語が立ち上がってくる。切り取られた部分はどれも、さりげないのにはっとさせられる。沙和子と高之の人となりを映し、それぞれの歴史の一部となる。
冒頭の旅で、高之の急な予定変更に怒る沙和子は自分を怒らせるものに気づく。きっかけは高之でも、そうさせたのは自分の中にある「抵抗」だった。性格は違っているが、結婚しても相手に過剰に期待せず、自分の人生を手放さない、という点で二人はよく似ている。
予定調和とは無縁の小説だから、どこに向かうか見当がつかず、行先のわからない列車に乗って旅をする気分で最後まで読み進めた。人と人、人と土地とが結ぶ物語の集積を人生として、これまで誰も試みなかったやりかたで描いている。