連作短篇の交差点
[レビュアー] 吉田篤弘(作家)
「連作短篇」という形式があります。一見、短篇集のようでありながら、じつは、それぞれの短篇がつながりを持ち、読みようによっては、長篇小説としても読めるものをそう呼んでいるようです。
今回、上梓した『おやすみ、東京』は、この小説自体が連作短篇のおもむきを持っているのですが、書きながら企んでいたのは、「連作短篇の交差点」とでも呼ぶべきものでした。
この小説にも「交差点」が登場します。交差点というのはつまり十字路のことで、この十字路の一角に四人の女性たちが営んでいる一軒の食堂があります。その食堂を舞台にした連作短篇集の表題を、食堂の名にちなんで、まずは『よつかど』と名付けてみましょう。
そして、この食堂に通っている夜だけ走るタクシーのドライバーである松井という男─彼は子供のころに『車のいろは空のいろ』(あまんきみこ著)という童話を読んで、タクシーの運転手に憧れたのです。そういえば、『車のいろは空のいろ』も連作短篇集で、この童話の主人公=タクシー運転手の名前が自分と同じ「松井」なのでした。しかし、こちらの松井は夜のあいだだけ走るのですから、『車のいろは夜空のいろ』という表題にすればぴったりかもしれません。
この「夜のタクシー」の常連客の一人が映画会社で働くミツキという女性で、彼女は映画の撮影に使う小道具を調達する仕事をしています。彼女の探索を描いた連作短篇集が『調達屋ミツキ』で、ミツキはある夜、枇杷を探しているときに、とある女性と出会います。
この女性は〈東京0?3相談室〉なる電話による「よろず相談屋」でオペレーターをつとめていて、彼女の深夜の仕事ぶりを連作短篇で描いた作品集を『その夜の声』と呼ぶことにしましょう。
そして、このオペレーターの彼女と出会うことになる、「使わなくなった電話」を回収してまわるモリイズミという女性を主人公にした『ベランダのコウモリ』なる連作短篇集。
さらには、夜のタクシーにたまたま乗車した奇妙な私立探偵の冒険を描いた『名探偵シュロと二十の鍵』。
とある映画に出演する十一人の若き女優たちの奮闘を追った『わたしたちがマリアになるまで』。
つぶれかかった映画館を立て直す「青年の晩年」を生きる男が主人公の『ジグソー・パズルの最後のひとかけら』。
もうひとつ─銀座の路地裏で小さなバーをひらく初老の男の回想を綴った『東京コークハイ』。
あ、まだありました─下北沢の古道具屋の店主のおかしな日常を描いた『店主イバラギとふたつの月』。
以上、しめて十冊。
いえ、すみません。この十冊はいまのところ、ぼくの頭の中だけにあり、現実にそのような本はありません。
しかし、この幻の十冊が、ぼくの頭の中の交差点で交わって出来たのが『おやすみ、東京』という小説です。
一冊で、十冊分の連作短篇集を楽しめる、という趣向なのです。