『96歳 元海軍兵の「遺言」』
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生の戦争体験が風化していく時代だからこそ必読の一冊
[レビュアー] 板谷敏彦(作家)
本書は昨年『朝日新聞』大阪版に連載した記事を本にしたものだ。
一九三九年、日中戦争は泥沼化し、瀧本氏はいずれ陸軍兵として召集されるよりはと商業学校卒業後に十七歳で海軍へ志願した。
佐世保海兵団での厳しい新兵訓練を経て、職業軍人になるために航空整備の学校を卒業し、当時の花形空母「飛龍」乗組整備員になる。
世にパイロットの武勇伝は多いが、米軍機の雷爆撃を受けて真っ赤に燃え上がる空母艦内にいた乗組員の証言は貴重である。
ミッドウェー海戦での敗戦後、生き残りの将兵は情報漏洩防止のために隔離監禁されたが、後に見た新聞記事は、真実とは真逆の日本の勝利を伝えていた。
その後整備学校の高等科を出て兵から下士官へと昇格して新鋭機の整備員となったが、それもつかのまで南洋のトラック島へ赴任した。
直後の大空襲で整備すべき航空機もなくなり、やがて終戦までは飢餓との戦いに明け暮れる。
一九三五年頃、天皇・皇后の御真影を収める奉安殿の建設が各地の小学校で活発化、御真影を前に教育勅語の奉読も盛んになった。軍国少年として育てられ、やがて国に裏切られた著者は、教育勅語を擁護するような一部閣僚の最近の発言に厳しく反応した。
二度と戦争が起きないように学校へ行って子供たちに戦争体験を語る。これが奇跡的に戦争を生き残った自分の務めだと信じるからこそ九十六歳の今まで頑張ってきた。しかし世の中の右傾化、「共謀罪」法の制定、憲法改正問題など、最近の著者は日本の戦前への回帰が心配で仕方がない。
そんな中、講演会に対する高校生の感想の中に「一言で言うと、左まきだなと思った」というものがあった。
生の戦争体験が軽んじられ、風化していく時代だからこそ、読んで記憶にとどめたい一冊である。