『黄砂の籠城(上)』
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『黄砂の籠城(下)』
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ベストセラー作家が挑む新境地 必読の歴史エンタテインメント
[レビュアー] 香山二三郎(コラムニスト)
デビュー以後、『千里眼』を始め『万能鑑定士Q』、『探偵の探偵』、『水鏡推理』等数々のベストセラーシリーズを生んできた著者が初めて挑んだ本格的な歴史エンタテインメントである。テーマは義和団事件。
二〇世紀初頭の中国で宗教系結社・義和団を軸にした大規模な外国人、キリスト教排斥運動が発生、北京の外国人は日本や欧米の在外公館が集まる区域に籠城する。やがて西太后の清朝国軍も義和団につき、本格的な交戦状態が始まる。義和団の勢力二〇万人に対し、外国人側は四〇〇〇人。だが日本公使館付駐在武官の陸軍中佐・柴五郎率いる日本兵たちは窮地を救う活躍を見せる。日本でもこれまで知られてこなかった史実を題材に選んだ慧眼に、まず拍手。
物語は、現代の北京から始まる。IT会社の社員・櫻井海斗は相手企業の重役を通じて、高祖父・隆一が昔中国で起きた事件で英雄的な活躍を見せたことを知る。舞台はそこから一九〇〇年四月にさかのぼるが、初っ端から外国人やキリスト教徒を惨殺する義和団の暴徒ぶりが描かれ、読者を一気にシリアスな世界に引きずり込む。語学の才で北京に派遣された櫻井隆一伍長は新任駐在武官の柴の対応に期待するが、事態を軽視する欧米公使たちに反論するでもない彼の態度に失望。だが柴はすでに現地情報を仕入れ、分析も済ませていた。義和団の攻勢にうろたえる欧米陣に対し、徐々にリーダーシップを発揮し始める。
のちに「西洋で広く知られた最初の日本人」となる柴に次第に感化されていく櫻井。ベースは西部劇、たとえば『アラモ』等とも重なってくるシリアスな戦争冒険小説であるが、櫻井の成長小説としても読み応えあり。また活劇演出に加え、籠城側で起きる不可解な事件を通して諜報小説の趣向も凝らされる辺りは、アリステア・マクリーンの傑作をも髣髴させる。極東情勢が緊迫する今、まさに必読の一冊ではあるまいか。