『宿場鬼』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
“時代小説”に収まり切らない魅力
[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)
菊地秀行作品というと、どういう位置づけをすればいいのだろうか。
“伝奇バイオレンス”、あるいは“超伝奇小説”などと書かれている場合もあるが、現代小説の惹句が未だに迷走しているのに対して、時代ものは、その多彩さを無視するかのように、“時代小説”の四文字で収まっている場合が多い。せいぜい、その前に、“異色”やら“伝奇”がつくくらいのものであろう。
作者の時代小説は、山田風太郎をリスペクトした『柳生刑部秘剣行』(集英社文庫)にはじまり、怪異譚でありながら正統派時代小説であるという連作〈幽剣抄〉シリーズ(角川文庫)など多彩を極めている。
特に後者などは、日本文藝家協会編の年鑑アンソロジー『代表作時代小説』に二年連続して作品が収録されているほどの逸品なのである。
では、今回、俎上に載せる『宿場鬼』はどうか、というと、裏表紙に“エンターテインメント界の巨匠が挑む初の本格時代活劇!”とある。
間違いではない。しかしながら菊地時代小説の魅力は、どんな惹句をつけようと、そこに収まり切らない余墨の部分にこそあるのだ。
舞台は、中山道の霧深い宿場町「鬼利里(きりさと)宿」。そこに一人の鬼─いや、牢人がどこからともなくやって来ることで物語の幕があく。
牢人には、凄腕の剣技はあるが、記憶がない。
現在、この宿場は、陽鴉(ひがらす)一家の縄張りとなっているが、芦田宿の坂崎一家や、下諏訪宿の神厳一家が、これを狙っている。
牢人は、江戸から娘の小夜とともにやって来た老剣客で、陽鴉一家の元用心棒・日下部清源の道場の食客となり、“無名(むみょう)”と名付けられる。
その後も、この宿場には剣呑な輩が次々と訪れるが、どうやら目的は、縄張りの方ではなく、“無名”その人─次第に、物語の背景としてお家騒動らしきものがあり、それに関わって“無名”を葬るべくやって来た人間兵器たちの一団が数々の名刀をふりかざす。
そしてラスト、この作品ことごとくが再び霧の中へ─彼にしか書けない力作といえよう。